研究ノート⑤序論 (silver)

序論

 映画に限らず物語は導入、展開、終結の三部で構成されるが、その中で製作者の手腕が最も注目されるのは終結である。映画の宣伝にラストを「予想もつかない」、「大ドンデン返し」などと表現したものが多く見られるが、それほど観客はラストに期待しているのである。
 本論文では、多数の映画作品のラストで見られる「夢オチ」について論述する。「夢オチ」とは、ラストに起こった出来事、または劇中起こった出来事を登場人物の見た夢や妄想であったとする手法である。「夢オチ」の手法は作者の手抜きであるなどと評されることが多いが映画の終わらせ方の一つの手法として本論では一定の評価を与えつつ、さまざまな作品についての考察を行う。
 本論文で中心的に扱う作品『25時』(25th Hour, 2002)、比較対象となる『ステイ』(Stay, 2005)、『未来世紀ブラジル』(Brazil, 1985)、『マルホランド・ドライブ』(Mulholland Drive, 2001)は全て「夢オチ」である。これらの作品に共通するのは、主人公が自分の夢を実現することができないという点、現実から逃避するために夢を見るという点、人間の極限状態における心理状態を描写している点、自らの人生を後悔している点である。それぞれの作品の登場人物が何を求め、何を失い、なぜ「夢」を見たのかを考察する。
 第一章では『25時』の主人公と彼の見た夢について考察する。麻薬密売の容疑で7年の刑を受けた主人公がラストで夢を見ることとなった経緯を探り、夢を見る結果となったのは自らの人生の後悔にあることを論証する。
 第二章では『ステイ』、『未来世紀ブラジル』、『マルホランド・ドライブ』を比較対象として『夢オチ』映画に共通して見られる点を考察する。それぞれの作品も『25時』と同様に主人公の人生の後悔が作品の重要な要素となっていることを論証する。
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by mewspap | 2008-12-13 22:51 | 2008年度ゼミ


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