日本を代表する国際的知識人、加藤周一が朝日新聞に「夕陽妄語」という時事評論風のコラムを不定期(たぶん)連載してもう何年にもなる。
その犀利で難解(たぶん)な批評言語に恐れをなし、私は敬して遠ざけているのだが(言っていることよくわかんないし)、昨日の「2006年11月」と題されたコラムはたいへん「美しい」ものだった。 加藤はこの11月に日米双方で起こったふたつの出来事、すなわち米国における中間選挙での共和党の大敗、そして日本国における教育基本法改定案の強行採決を「歴史に残る」事件と記す。 9.11以後、日米ともに右寄りの政策をとってきた。しかし、米国が圧倒的な国民的支持のもとにおこなった戦争目的は、「どれも達成されたとはいえない」と加藤は言う。アフガニスタンでビンラディンは見つからず、アル・カイダの組織網も発見されず、イラクで大量破壊兵器も見つからなかった。侵攻した米軍を歓呼の声で迎える者も今やいなくなった。 このたびの中間選挙によって、米国は「悪夢から抜け出」して政策的な転換を見るかもしれないと加藤は記す。「中間選挙の結果は、二一世紀の世界の問題の大部分が武力によっては解決できないという現実を理解させるかもしれない」と。なんとなれば、たとえブッシュ大統領がさんざん濫用してきたとはいえ、「自由」と「民主主義」を国是とするのであるから。選挙による政権交代の能力をもつ国なのであるから。 日本の教育基本法と憲法は不可分の関係にある。なるほど教育基本法の前文には、憲法の理想の実現は「根本において教育の力にまつべきである」と明記されており、「日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示」することが主眼なのだから。したがって教育基本法をあらためることには「『憲法の精神』をあらためることが含意される」のである。 教育基本法改定案の強行採決は、この間の日本における右寄り政策、端的に強硬な右寄り政策をとってきた米国への追随のひとつの達成である。しかし、加藤が記すように中間選挙の結果を受けて米国は「自由」の理念を回復し、「一度振り切った振り子を反対方向へ振り戻すかもしれない」のである。他方、「米国に追随して右に傾いた日本の政治には、そのような復元力がない。右へ傾いたままどこまでも行くか、あるいはさらなる米国追随に徹底して方向を修正するか、ということになろう」と加藤は予言する。 いずれにしても日本の国際的孤立は深まるのみである。そう加藤は記して、最後に次のように付け加える。 どうすればよいか。「愛国心」は政治的に利用せず、おのずから起こるに任せればよい。これはほとんどtruismとも言える常識的でまっとうな理説ではないか。 なんだこの人そんなコワイ人じゃなかったんだ。それどころかたいへん「美しい」文である。「そのとき愛はおのずから起こるだろう」などけだし名文である、つか「とっても綺麗な一文」である。「そうすれば愛国心というものも自然と発現するものなのである」なんてしていないところがよい。 最近読んだ文章のなかでは、枝先にとまった赤とんぼを見て発せられた「きっと昨日の夕焼けの方から飛んできたんだよ」(横浜市 細野勇希・3歳)という言説と十分比肩し得るほど美しい文章である。 え、どこに共通点があるかって? そりゃ分かりますよね。 尊大な誇大妄想や殺伐であると同時に卑屈なもの。それと対極にあるものにおいて両者は通底している。 愛、ですね。 そしてそれは美しいものだという共通理解が両者にはある。 そしてそれは「おのずから起こるだろう」という先見的了解も。
by mewspap
| 2006-11-28 08:55
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