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つれづれレヴュー:『NANA』13巻(Mew's Pap)

へへへ。M2さん、そんなんわかっているって。
初めて本屋さんで書物を購入した日から30余年、出版・流通事情はようく承知してます。
もちろんおとぼけのジョークですってば。

雑誌に関しては発売日の協定が厳としてあるけど、昔近所の「ヤマザキパン」のお店は『少年ジャンプ』を書店より1日早く棚に並べていた。
毎週日曜日に、私はそこで『ジャンプ』とコーラを購入するのを決まりとしていたものである。
ある日、お店をひとりでやっているおばあちゃんに、なぜここは1日早く出るのか訊ねたことがある。すると無言でとても困ったような苦笑いをされていた。
ありゃ掟破りだったのである。犯罪ばあさんだったのね。

先般つれづれレヴューを書いたときにざっと奈々の語りを読み返したけれど、ナナの方の語りは再見していない。
誰かその特徴を抽出してくれないであろうか。
ぜったいに「奈々語り」の結構こそ、この物語の本質を表しているはずである(ということを確認したい)。

奈々のおとぼけキャラが「過去」をもつというのが肝心な点である。
つねに「現在」を生きていたハッピー・ゴー・ラッキーな脳天気なねえちゃんが、「過去」を発見し回顧するようになり、痛切な悔責の念に迫られるというのが肝要なのである。

つねづね自分はいつまでたっても「大人になれない」と言っていた奈々が、「大人」になった契機は「過去」をもったことである。
大人とは過去を発見して回顧し、今ここの現象と比較考量すべき参照枠をもつ人のことである。
むしろ現在目の前で生起しつつある現実よりも、過去の方が重くのしかかり、過去の方がリアリティをもつ人のことでもある。

「未来の記憶」を語る奈々はそういう人でしょ。

翻ってナナの語りはどうか。
印象論で言えば、開示されたナナの内面、ナナの「未来の記憶」の語りは、われわれが「物語的に」よく知悉しているところである。
情念、トラウマ、焦燥、策略、憧憬、絶望、取り返しがつかない物事への感性。
それはあまりに「文学的」で、奈々の素朴な哀惜の衝迫力に引き比べていささか今さらの感を受ける。
「知ってるよ」と言いたくなる。そして「きみひとりじゃないよ」とも。「だけどきみはそれが自分独自のものだと勘違いして、周りに目がいかないんだね」って。
しかるに、ナナの出奔の根元的事由は、彼女がみずからの「ナナ天動説」の破綻と直面せざるを得なくなった衝撃にこそあると推察さるるのである。

ナナの語りのもうひとつの特徴は、つねにすでに「未来の記憶」という観点から「今ここ」の現実を見ているところである。
ナナが過去と縁を切ったと繰り返すのは、まさしく過去に引きずられているがゆえである。過去に囚われているがゆえに、未来を生成するため今目の前の現実を「書き」「演出」しようとする。
ナナは現実のシナリオ・ライター兼演出家たらんとする(そして近い将来それも破綻するのであろう)。
ノブを初めとする周囲の人間への「操作」にもその姿勢は顕著である。

前に引いたナナの語りはそれをよく表している。

夢じゃねえよ ハチ
またみんなで笑いながら
あの日みたいに過ごせるよ
やり直せるよ
もう一度やり直させて
あの夏の日に戻って
明るい未来へのシナリオを一緒に書き直そう

ところでこの作者にはめずらしく、この引用の文体は一箇所だけ違和を抱かせる逸脱が見られる。
現実を作・演出するシナリオ・ライター兼演出家として、奈々に「強気で男勝りの」語りかけをする文体なのだが、「もう一度やり直させて」はそこから逸脱した「女々しい願望文」となっている。
矢沢あいともあろうものが、無頓着な筆の滑りであるはずはない。

文体の破綻は、「俺様キャラ」の虚像の陰に潜む脆弱さが露出し、「シナリオ・ライター兼演出家」の破綻を予兆する。

そもそもナナの語りが構造的に奈々の語りに優り得ないのは、かわいそうだけどナナが端っから「不幸キャラ」であるためだ。
ナナは喪失から出発し、なにがしかを生成しようと血みどろの努力をする。そういう人の「内心の語り」なんだぜ。

「未来の記憶」による語りが機能するには、やっぱおとぼけキャラの奈々による、失われた「過去」の発見が機動力とならなくては。

第13巻を帰宅途中の電車で読んで(自意識の病から抜けないのでやっぱちょい恥ずかしかった)、なるほどレンはサディストなので、M2さんが「レンによるナナ殺害説」を疑ったのも首肯できる。
そしてハッパに留まらずやっぱクスリかよ。
でもいずれの登場人物も「内面の語り」に雄弁なこの物語にあって、レンは寡黙である。
そんな破滅型に走るほど何を苦悩しているのか不分明だし、説得性に欠ける(物語的にはナナを「不幸に陥れる」ための機能にすぎないようだ)。

この巻の「パーティ」設定は、主要登場人物を一堂に会させる仕掛けだが、よくこんだけ破綻なく長々とエピソード群を組み上げられるな。
作者の構想力、シナリオ生成力のなせるわざであろう。
そして個々のキャラクタリゼーションを十分に立ち上げているので、ほとんど自動的と言えるほど、シチュエーション・コメディのエピソードを次々と生み出すのに抜群の手腕を見せる。
by mewspap | 2005-08-14 16:41 | つれづれレヴュー


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