スケントン(chung)

お久しぶりです。
遅くなってしまいましたがスケルトンを上げます。
ここからだいぶ変更があるので参考になるか分かりませんが…
↓スケルトンはMoreにあります



『欲望という名の電車』スケルトン

序章  
戯曲(原作)の作者であるテネシー・ウィリアムズは自身の作品のテーマについて「人生についての芝居だ(It is a play about life)」と語っている。本論では映画版とオペラ版を比較し、原作と照らし合わせながら、オペラ版がより作者のテーマに忠実であるかを論じる。

第1章:エンディングの違い
それぞれのメディアによってエンディングが異なるので考察する。
 第1節:映画版のエンディング
  強姦シーンのカット。
  ブランチが精神病院に送られたあと、ステラは赤ん坊と2人で生きていくことを決意し、ユーニス家へ逃げ込む。
  原作では赤ん坊を抱いて泣いているステラをスタンリーが慰める。ブルースが消えるとは再びスタンリーはカードを始める。
 第2節:オペラ版のエンディング
  強姦シーンを間奏曲として再現(3分14秒)。
  階段でスタンリーが後悔するステラを後ろから抱きしめる。その横を通ってブランチ
が精神病院に連れて行かれて幕切れする。ステラは見て見ぬ振りをする
  2つのライト・モティーフで締めくくる。

第2章:ブランチとスタンリーの関係
第1節:
殊更映画版においてはブランチの悲劇性や哀れみ、もしくはスタンリーの粗野性を前面に押し出し、批判的な目を向けられるような演出がなされている。しかし登場人物の会話、状況から逆の見方、つまりブランチは加害者であり、スタンレーは被害者だと見ることもできる。一元的ではなく人生のように多元的な考えられなければならないので、ストーリーの方向性が定められてはならない。結末を曖昧にし、相反する解釈の可能を残すことが必要。
第2節:ブランチの妄想と現実
ブランチは本当にスタンレーの強姦を心の底から拒んだのか、否。
スタンレーを性的に受け入れる素振りや言動がある。
 (悲しみから妄想にふけるブランチがふと現実に戻る瞬間がある。)

第3章:オペラでの演出
オペラ版で改定された箇所について考察し、意義を論じる。
 第1節:赤ん坊の性別
  “ he ” と呼ばれていることから男の子になっている。←スタンリーの希望通り。暴力的
 なスタンリーが可愛がる。←母性本能を刺激。さらに夫婦でのアリアもある。←日常を受け入れる要素となる
 第2節:『ハムレット』からの引用
  “Goodnight, babies” 、ブランチは元国語教師。
  シェークスピアの言葉、「芝居は人生を映す鏡である」に通じる。

結論
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by mewspap | 2009-12-20 11:04 | 2009年度ゼミ


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