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進行状況(TSUMO)

今週は序論とスケルトンを作成しました。以下より序論です。

                              序論

 「スリーピー・ホローの伝説」”The Legend of Sleepy Hollow”は、ワシントン・アーヴィング(Washington Irving)が綴った短編集である『スケッチ・ブック』”Sketchbook, 1819-1820”に収録されている短編小説である。本論では、「スリーピー・ホローの伝説」の中の効果をテーマとして取り上げて、様々な見地から考察していく。
先ず第一章では、作品に登場する人物と舞台の描写に注目して、読者にもたらす印象と効果に統一性がとられていることを論じる。
続いて第二章では、作品で用いられている構造に焦点を当て、読者へもたらす効果について論じる。そして、その効果がユーモアであると述べると同時に、如何にしてユーモアを読者に伝えているかを考察していく。
最後に第三章では、ゴシック小説という観点から、アーヴィングが「スリーピー・ホローの伝説」を書くに当たって用いた技法について考えていく。また、その技法が読者へユーモアを伝達するものであることを論述する。

以下よりスケルトンです。

序論
第一章 登場人物と舞台描写の印象と効果
第一節登場人物と舞台描写の印象と効果から生じる矛盾
第二節第二節 登場人物と舞台描写の印象と効果の統一
第二章構造から生じる効果
第一節 入れ子構造の効果
第二節 伝説と効果
第三章 ゴシック小説と効果
第一節 アーヴィングのゴシック的技法
第二節 ゴシック的ユーモア
結論

参考文献

追記。
来週には、下書き仕上げて提出します。
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by mewspap | 2010-11-10 20:17 | 2010年度ゼミ

進行状況(TSUMO)

第○章 構造から生じる効果

 本章では物語の構造に焦点を当て、「スリーピー・ホローの伝説」が読者へもたらす効果について論じる。第1節では、物語の中で別の物語が展開する入れ子構造について考える。「スリーピー・ホローの伝説」では「首の無い騎士の亡霊」“the apparition of a figure on horseback without a head”(1)の伝説を語る3人の語り手が存在し、それぞれの人物が異なった物語を展開している。この構造がアーヴィングの読者にユーモアの効果をもたらす技法であることを論じる。そして第2節では、アーヴィングがブロム(Brom)の手によってスリーピー・ホローからイカバッド(Ichabod)を追放させるに当たり、伝説を利用した形式に視点をあてて考察し、それがユーモアの技法であることを論述する。

第○節 入れ子構造の効果

 「スリーピー・ホローの伝説」には、「霜降り服を着た語り手」“The narrator…in pepper and salt clothes”(p. 296)という名前が示されていない人物が登場する。彼は現在のニューヨーク市であるマンハットー市の市会の席上で、ディードリッヒ・ニッカボッカー(Diedrich Knickerbocker)という人物に首の無い騎士の亡霊の伝説を話し聞かせている。「スリーピー・ホローの伝説」は、このニッカボッカーという人物の手記を形とした物語として描かれている。この物語の中で異なった物語が繰り広げられる入れ子構造に、ユーモアの技法が取り込まれている。本稿では以下より、「スリーピー・ホローの伝説」に登場する語り手について論じるにあたり、首の無い騎士の亡霊の伝説を語る順番に従って考察する。

 第一に、1番目の語り手である霜降り服を着た語り手について考える。彼は物語の終わりに登場し、ニッカボッカーに首の無い騎士の伝説を話している。彼は、ニッカボッカーと同席して伝説を聞いていた、同じく名前が示されていない「背の高い、乾からびたような顔つきをした老紳士」“one tall, dry looking old gentleman”(p. 296)という人物から“what was the moral of the story, and what it went to prove.”(p. 297)とあるように物語の批判を受ける。この批判への返しとして、霜降り服を着た語り手は”Faith sir…as to that matter, I don’t believe one half of it myself.”(p. 297)とあるように、自分自身が語った伝説を半分も信じていないと話す。このことから、霜降り服を着た語り手は、物語上では一番目の語り手ではあるが、首の無い騎士の亡霊の伝説を製作した人物ではないと予想できる。なぜなら、自分が作成した物語に関して批判を受けた場合、論理的な反論を述べない話し手はいないと考えられるからだ。即ち、霜降り服を着た語り手は、他人から聞いた話をニッカボッカー達に語っていた設定が推測できる。

 第二に、首の無い騎士の亡霊の伝説を手記として残したニッカボッカーという、2番目の語り手について論じる。だがその前に、アーヴィングの使用していたペンネームについてから考察する。アーヴィングは「スリーピー・ホローの伝説」を収録した『スケッチ・ブック』を世に出すにあたって、ジェフリー・クレイヨン(Geoffrey Crayon)というペンネームを使って発刊している。(2)物語の冒頭で“Found among the Papers of the late Diedrich Knickerbocker“(p. 272)と記されていたり、あとがきとして’’Found in the Handwrite of Mr. Knickerbocker”(p. 240)とあることから、「スリーピー・ホローの伝説」はニッカボッカーの遺稿の中から発見された伝説を、クレイヨンが紹介した形で描かれていることが分かる。しかしニッカボッカーも、実在する人物名ではなく、クレイヨンと同じく、アーヴィングの用いていたペンネームである。この事実を証明するものとして、アーヴィングが「スリーピー・ホローの伝説」を発表するよりも以前に出版していた『ニューヨーク史』“A History of New-York,1809“という歴史本がある。齊藤昇の書いた『ワシントン・アーヴィングとその時代』(本の友社,2005)によると、『ニューヨーク史』はアーヴィングが「ニッカボッカーの筆名で刊行」(3)したことを述べている。このことから、ニッカボッカーという人物名もアーヴィングが使用していたペンネームだということが判断できる。

 そして『スケッチ・ブック』が売り出された、19世紀当時のアメリカ人読者ならば、殆どの人がニッカボッカーという2番目の語り手が、『ニューヨーク史』を書いたニッカボッカーと同じ人物であると読み取れた。この事実を裏付けるものとして、『ニューヨーク史』に関する以下のような文章が『ワシントン・アーヴィングとその時代』の中に記述されている。

マンハッタンのマルベリー通りにあるインディペンデント・コロンビアン・ホテルの経営者セス・ハンダーサイドが一連の新聞に、宿泊人のニッカボッカーが原稿だけを残して失踪したので宿泊料の代わりにそれを出版するつもりだという広告を出したのである。(4)

引用文から、アーヴィングは『ニューヨーク史』を発売するにあたり、嘘の広告を出して宣伝していたことが理解できる。アーヴィングは嘘の広告を出すことで、歴史作家であるニッカボッカーというキャラクターを創り出したのである。そのため、「ディードリッヒ・ニッカボッカーはアーヴィングが一八〇九年に『ニューヨーク史』の著者として、当時のアーヴィングの読者には広く知られていたキャラクターである。」(5)ことが理解できる。また、ニッカボッカーという歴史作家のキャラクターを知っている読者は、「スリーピー・ホローの伝説」に書かれたニッカボッカーという語り手の存在に気づくと同時に、クレイヨンがニッカボッカーであると分かる。なぜならニッカボッカーが書いた『ニューヨーク史』は「サムエル・L・ミッチェル(Samuel・L・Mitchell)の『ニューヨークの姿』”A picture of New York“をパロディー化したもので… …アーヴイングがニューヨークの読者に向けて書いた」(6)ユーモアを含んだ稗史的な書籍だからである。つまり「『ニューヨーク史』はアメリカ的な趣と各種のユーモアを盛り込んだ」(7)作品であったことから、ニッカボッカーは読者にユーモアを提供する歴史作家として有名であったのだ。ニッカボッカーはユーモア溢れる歴史作家としての知名度が高いため、当時の読者は「スリーピー・ホローの伝説」の作者であるクレイヨンが、本当はニッカボッカーであると考えつく。その理由は、彼が作中に登場して、更には亡き者にされている記述を読んでも、読者は彼のお馴染みのジョークとして受け止めていたことが考えられるからだ。ゆえにニッカボッカーこそが本当の語り手であると認識すると言える。
以上のことから、アーヴィングは読者にユーモアを伝えるため、自身が創造したニッカボッカーという人物の知名度の高さを理解した上で、利用したと考えられる。彼を敢えて語り手として物語に登場させ、亡き者にすることで、彼のお馴染みのジョークとして読者にユーモアをもたらしているからだ。これがアーヴィングの露骨に示した、意図されたユーモアの技法であると言える。

 第三に、ニッカボッカーという語り手とクレイヨンを同一の人物として混同せずに、語り手について考える。つまりニッカボッカーとは異なった存在と区別して、クレイヨンであるアーヴィングが3番目の語り手であると論じる。だがその前に、アーヴィングが「スリーピー・ホローの伝説」を執筆するにあたり、参考としたモデルが存在していたことを説明する。鏡味国彦と齊藤昇が編著した『英米文学への誘い』(文化書房博文社,2008)によると、「スリーピー・ホローの伝説」は「G・A・ビュルガーの『幽霊の首領』とJ・K・A・ムゼーウスが集成した『ドイツ民間童話』に含まれているポーランドとチェコスロヴァキアの国境聳えるスデーティ産地の精を扱った『デューベザール伝説』による作品」であると言っている。(8)この事実を考慮すると、ニッカボッカーが単純に語り手だと断言できない解釈が生まれる。なぜならオランダやドイツの民間伝承の焼直しである「スリーピー・ホローの伝説」の執筆に当たり、アーヴィングは作家としての独創性を強く膨らますことができないからである。そのため、アーヴィングが「スリーピー・ホローの伝説」を起稿するに当たって語り手の存在に一層配慮したはずだと考えられる。ニッカボッカーが彼のペンネームであることは事実だが、アーヴィングが単なる一時の思いつきで、彼を語り手として登場させていたとは断定できない。(9)

 このニッカボッカーを単なる語り手として決めつけられない解釈を明白に論じるものとして、読者にユーモアをもたらす、イカバッドが首の無い騎士の亡霊の存在を怖がる描写がある。「スリーピー・ホローの伝説」の中で、語り手は“The dominant spirit, however, that haunts this enchanted region, and seems to be commander in chief of all the powers of the air, is the apparition of a figure on horseback without a head.”(p. 273)とあるように、首の無い騎士の亡霊を、物語の中で最高位の幽霊として扱っている。そしてイカバッドは“he [Ichabod] had read several books quite through, and was a perfect master of Cotton Mather’s History of New England Witchcraft, in which, by the way, he most firmly and potently believed.”(p. 276)と書き表されているように、コットン・マザーのニューイングランドの魔術師』” Cotton Mather’s History of New England Witchcraft“を愛読している。彼はその魔術書に書かれている怪奇的存在を強く信じている。つまりイカバッドは迷信を固く信じる人物として描かれている。
読者はこの迷信深いイカバッドが、首の無い騎士の亡霊の存在に怯える様に滑稽さを感じるのである。なぜなら語り手が“All these, however, were mere terrors of the night, phantoms of the mind, that walk in darkness…yet daylight put an end to all these evils ”(p. 278) とあるように、悪魔がイカバッドの前に出現するのは夜の間だけであり、昼の光を浴びると悪魔は消滅すると語っており、超自然的存在を否定しているからである。このように語り手は、イカバッドが首の無い騎士の亡霊に遭遇する以前に、ゴシック的恐怖が存在しないことを読者に知らせている。即ち、読者は首の無い騎士の亡霊が存在しないことを理解した上で、物語を読み進めることが可能である。読者は迷信的恐怖が実在しないことを認識しているが、その心理状態と対照的に、イカバッドは真剣に恐怖する。この心理状態の落差が、読者へ笑いを生じるのである。

 ゴシック的要素を含んだ物語を描くにあたり、その物語の信憑性を読者へ深める手法として、作者と異なる語り手を使用する構造がある。作者と違う語り手を設ける手法は、読者が怪奇的な存在の証明を作者に言及することができないので、その存在の信憑性を高めるテラーの効果をあげる。首の無い騎士の亡霊の伝説を手記として残していた、ニッカボッカーが奇怪な現象のテラーを強める人物として該当する。そして、このテラーを深める構造に視点をあてて考察すれば、ニッカボッカーが単純に語り手と言い切れないという解釈に繋がる。その理由は、ニッカボッカーという語り手が、読者に物語の真実味を強める人物だと言い難いからある。本来ならば、歴史作家というキャラクターを持つニッカボッカーが怪談話を行えば、読者に恐怖を植えつける効果は絶大なものとなろう。しかし先に触れたように、彼は19世紀当時のアメリカで、アメリカ独自のユーモアをふんだんに盛り込んだ『ニューヨーク史』を書いた人物として、世間に名前が知られていた。ニッカボッカーが稗史的なスタイルの小説を描いていた人物として認知されていることから、当時の読者が「スリーピー・ホローの伝説」を彼が作ったお馴染みの虚構であると読み取っていたことが判断できる。そのため、ニッカボッカーは、読者に物語の信憑性を補う語り手としては成りえないと言える。

 以上のことから、アーヴィングはユーモアを示すために、意図してニッカボッカーという語り手を設けていたという考えに到達する。なぜなら、ニッカボッカーというキャラクターを誕生させたアーヴィング自身が、彼がユーモアに満ちた歴史作家であることを誰よりも一番に理解しているはずだからだ。ゆえにニッカボッカーは、アーヴィングが読者に超自然的存在がフィクションであることを印象づける存在として、登場させていたと解釈できる。彼はイカバッドが恐怖に震える状態から生みだされるユーモアを後押しする、操作された存在であると言える。これが、アーヴィングが「スリーピー・ホローの伝説」を書くにあたり設けたユーモアの手法である。

第○+1節 伝説の効果

 「スリーピー・ホローの伝説」では、物語の中で異なる物語が展開する入れ子構造以外に、もう一点ストーリーの構成として設定されている仕組みがある。それはブロムが首の無い騎士の亡霊を演じて、イカバッドをスリーピー・ホローから追放するに当たって、イカバッドが好む伝説を利用した形式である。本節では、この形式がユーモアの技法であることを論じる。

 イカバッドはヒロインであるカトリーナ・ヴァン・タッセル(Katrina Van Tassel)に求愛するが、振られてしまう。その直後、ブロムの変装する首の無い騎士の亡霊に打ちのめされて、スリーピー・ホローから失踪する。この出来事の後日談として、次のようなことが語られている。

It is true, an old farmer, who had been down to New York on a visit several years after, and from whom this account of the ghostly adventure was received, brought home the intelligence that Ichabod Crane was still alive…and finally had been made a Justice of the Ten Pound Court. (p. 296)

このようにイカバッドは失踪後、学校の先生から職業を転々と変更して、最終的には民事裁判所の裁判官になったことが明記されている。けれども以下のとおり、スリーピー・ホローで暮らす住人は、その事実を信じようとはしないと語り手は言っている。

The old country wives, however, who are the best judge of these matters, maintain to this day, that Ichabod was spirited away by supernatural means…a still summer evening, has often fancied his[Ichabod] voice at a distance, chanting a melancholy psalm tune among the tranquil solitudes of Sleepy Hollow.(p. 296)

引用文のとおり、イカバッドがその後裁判官となった知らせを聞いても、スリーピー・ホローの住人は、彼がスリーピー・ホローで首無しの騎士によって神隠しにあったと考えている。また、この神隠しの話をスリーピー・ホローで暮らす住民は好んで行い、一層迷信的な恐怖の対象としている。更には、首無しの騎士が出現した橋やイカバッドの運営していた学校を避けて、彼が閑静な夏の夕暮れに現れる悲しい賛美歌を歌う幽霊として存在しているように扱う始末である。即ち、イカバッドはニューヨークで裁判官を務める人物である一方で、首の無い騎士の亡霊の伝説に取って代わって「不幸な先生の幽霊」“unfortunate pedagogue”(p. 296)として、スリーピー・ホローの伝説の中で新たな伝説として語り継がれていく対象にされている。この不幸な先生の幽霊が、首の無い騎士の亡霊の伝説の中で新たな伝説へと展開する構造が、ユーモアの技法であることと、如何にして繋がっているのかを証明する。だが始めに、イカバッドが首の無い騎士の亡霊に扮したブロムに追いかけ回されて、スリーピー・ホローから追放される根本的な原因についてから考える。

 『印象と効果』(南雲堂,2000)を書いた武藤脩二は、イカバッドがスリーピー・ホローを追い出されてしまう根本的な原因として、2つの理由を挙げている。第一に、彼がオランダ人に対立する「ニューイングランドのヤンキー」(10)であったためだと述べている。“He [Ichabod] was a native of Connecticut”(p. 274)と書かれていることから、イカバッドはニューイングランド出身である。そしてヤンキーとは「落ち着きが無く、絶えず変化と改良と利益を求め、常に移動している」(11)者であると定義されている。イカバッドは“his [Ichabod] heart yearned after the damsel who was to inherit these domains”(p. 280)とあるように、カトリーナに恋焦がれている理由が、彼女自身ではなく彼女が受け継ぐ遺産が目当てだと語られている。加えて、語り手は“his [Ichabod] imagination expanded with the idea, how they might be readily turned into cash, and the money invested in immense tracts of wild land”(p. 280)と述べて、イカバッドがカトリーナの受け継ぐ財産を現金に換えて、広大な未開地に投資するという、自分に都合の良い想像を巡らすことも説明している。このことから、イカバッドはカトリーナが将来受け継ぐとされる利益を求め、その利益を広大な未開地に投資するという変化・移動を求めていることから、ヤンキーの定義と一致する人物である。
 第二に、イカバッドが「飢餓の権化」(12)であったことが原因で、彼がスリーピー・ホローから行方をくらましたのだと述べている。飢餓の権化とは『印象と効果』の中で「大食いなのに体はかかしのように痩せている」(13)イカバッドを表現するのに使用されている言葉である。イカバッドは“he [Ichabod] was huge feeder, and through lank, had the dilating powers of Anaconda”(p. 275)とあるとおり、痩せているが胃袋をアナコンダのように膨張させることができる大食漢である。また、イカバッドは怪談や伝悦が大好きであり“No tale was too gross or monstrous for his [Ichabod] capacious swallow.”(p. 277)と明記されているように、どんな物語も吸収しようとする。食べ物だけでなく、幽霊や化け物の話も「がぶりとのみこんでしまう」(14)ことから、彼の貪欲さと関係づけて飢餓の権化と表している。以上のように『印象と効果』では、イカバッドが貪欲なヤンキーであったために、スリーピー・ホローに受け入れられず、姿をくらましてしまったと述べている。

 そもそもスリーピー・ホローとは“the peculiar character of its inhabitants, who are descendents from the original Dutch settlers”(p. 272)とあるように、オランダからアメリカに移住してきた人々の子孫の社会であると設定されている。更に『印象と効果』の中で、オランダ人社会であるスリーピー・ホローとは「物質的豊かさ」(15)と「人間的豊かさ」(16)を兼ね備えた社会であると述べられている。「物質的豊かさ」とは“over the fat meadow lands,… …and the orchards burthened with ruddy fruit, which surrounded the warm tenement of Van Tassel.”(p. 280)と描かれているように、食料や財産など、オランダ人社会の自足が生みだす豊かさのことである。そして「人間的豊かさ」とは、幽霊や妖怪などの超自然的存在の豊富さのことである。アーヴィングは伝説や迷信、幽霊の存在を“Local tales and superstitions thrive best in these sheltered,… …they have no acquaintance left to call upon.”(p. 288)とあるとおり、長期に渡った定住の中から生じるものだと考えている。対して、「スリーピー・ホローの伝説」が描かれた時代のアメリカは、ウォール街が金融街に変貌し、鉄道産業や電気エネルギー産業が産声をあげ、急激に産業が成長をしていた時代だった。(17)即ち「人間的豊かさ」とは、目まぐるしい産業成長を起こすアメリカに定着した、オランダ移住民の社会から生まれる豊かさのことである。以上のことから、オランダ人社会の物質的豊かさにおける利益と人間的豊かさにおける利益を併せ持つカトリーナは「アメリカにおける定着と自足が産み出した豊かさの象徴」(18)と言える。

 イカバッドは貪欲故、カトリーナに思いを寄せると同時に、彼女の持つ豊かさを食べようとしている。つまり卑しい考えを持って、2つの豊かさの象徴であるカトリーナを奪おうとしているイカバッドは「定住を脅かす者」(19)であると言える。『印象と効果』の著者は、スリーピー・ホローの脅威である、この飢えたヤンキーを追放するに当たって「伝説を利用して放逐するという形にしたところに、この作品の真骨頂がある」(20)と述べている。その理由は、イカバッドをスリーピー・ホローから追い払ったものが、事もあろうに、彼自身が好んでいた伝説そのものだからである。その上、イカバッドが姿を見せなくなった後、彼自身ではなく、彼の幽霊だけがスリーピー・ホローで新しい伝説として受け入れられてしまう結末へと転じる。これこそが、アーヴィングが物語に登場する伝説の中で他の伝説へと繰り広げる形式に仕掛けた、読者にイカバッドに対する嘲笑的なユーモアを伝える技法である。


(1)Washington Irving, The Legend of Sleepy Hollow and other stories(Penguin Books,1999) ,p. 273以下、原作からの文の引用はこの本からとし、本文中にページ番号を( )で表記する。
(2)このアーヴィングがクレイヨンというペンネームで『スケッチ・ブック』を出版していたことを論述するにあたっては、齊藤昇『ワシントン・アーヴィングとその時代』(本の友社,2005) p. 48を参照した。
(3) 同上,p. 29
(4) 同上,p. 25
(5) 同上,p. 48
(6) 同上,p. 23
(7) 同上,p. 24
(8)鏡味 国彦 齊藤 昇『英米文学への誘い』(文化書房博文社,2008)p. 354
(9)この語り手とアーヴィングとを混同しない考え方を論述するにあたっては「読書の日記BLOG」《http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=3501&pg=20031226》を参照した。
(10)武藤脩二『印象と効果』(南雲堂,2000),p. 55
(11)同上,p. 55
(12)同上,p. 58
(13) 同上,p. 58
(14)ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957),p 202
(15)武藤『印象と効果』,p.58
(16)同上,p.58
(17)この19世紀のアメリカの産業成長に関して論述するにあたっては「あっとニューヨーク」《http://www.at-newyork.com/》を参照した。
(18)同上,p.60
(19)同上,p.60
(20)同上,p.60

参考文献
(1)ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957)pp. 192-293
(2)「あっとニューヨーク」《http://www.at-newyork.com/》
(3)「Wikipedia」
《http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E3%82%8C%E5%AD%90》
(4) 齊藤昇『ワシントン・アーヴィングとその時代』(本の友社,2005) pp. 3-65
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by mewspap | 2010-11-07 17:55 | 2010年度ゼミ