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進行状況(TSUMO)

第○節 入れ子構造の効果

 ワシントン・アーヴィング(Washington Irving)著の短編小説集である『スケッチ・ブック』“Sketchbook,1819-1820”に含まれている「スリーピー・ホローの伝説」‘The Legend of Sleepy Hollow’では、物語の中で別の物語が展開する入れ子構造が用いられている。「スリーピー・ホローの伝説」は「霜降り服の紳士」”The narrator was… …in pepper and salt clothes”(1)が首の無い騎士の亡霊の物語を、現在のニューヨーク市であるマンハットー市の市会の席上でディードリッヒ・ニッカボッカー(Diedrich Knickerbocker)という人物に話し聞かせており、その人物の手記を元にして物語とした設定で描かれている。この入れ子構造で描かれるストーリーに、ワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを誘う特徴とテラーを深める技法が取り込まれている。

 先ず、ニッカボッカーに物語を話した霜降り服の紳士は、物語の最後に”as to that matter, I don’t believe one half of it myself.”(p.297)とあるように、自分自身が語った物語を半分は信じていないと話している。このセリフはニッカボッカーと同席して物語を聞いていた老紳士の批判に対して、霜降り服の紳士自身が述べたものである。つまり霜降り服の紳士は他人から聞いた話をニッカボッカー達に語っていた設定が推測できる。

 次に、首の無い騎士の亡霊を手記として残したニッカボッカーに関しては1つの特徴の発見と1つの解釈が可能である。第一に、ニッカボッカーがアーヴィング自身であると同時に語り手であるという特徴が読者にユーモアの効果を受け止めさせることから論じる。ニッカボッカーとはアーヴィングが使用していたペンネームである。「スリーピー・ホローの伝説」の冒頭に“Found among the Papers of the late Diedrich Knickerbocker“(p.272)と記されていたり、あとがきとして’’Found in the Handwrite of Mr. Knickerbocker”(p.240)とあることから、アーヴィングは自身を作品の中で登場人物として書き、殺してしまったことを示している。自らを作品の中で殺してしまう自作自演から、ニッカボッカーであるアーヴィングこそが本当の語り手であることが理解でき、彼が設定した読者にユーモアへと導く効果でもある。この自作自演が生み出すユーモアは、19世紀当時のアメリカ人ならば、殆どの人が読み取れた。「スリーピー・ホローの伝説」を発表するより以前に、アーヴィングは『世界の始まりからオランダ王朝の終焉までのニューヨークの歴史-ディートリヒ・ニッカボッカー著 』”A History of New-York from the Beginning of the World to the End of the Dutch Dynasty, by Dietrich Knickerbocker,1809“を出版していたからだ。この作品を切掛けとして、ニッカボッカーという言葉が辞書に集録され、19世紀当時のアメリカでは、ニッカボッカーというペンネームは、アーヴィングが使用していたものだという事実が広く知れ渡っていた。以上のことから、作品の中で自分自身を殺してしまうアーヴィングの自作自演は、読者にユーモアを伝える意図された露骨な特徴であると言える。

 第二に、ニッカボッカーはアーヴィングが意識的に操る語り手であり、読者にテラーの効果を促す1つの技法であるという解釈を論じる。だがその前に、アーヴィングが「スリーピー・ホローの伝説」を執筆したプロセスと彼のペンネームについて考察する。「スリーピー・ホローの伝説」は「G・A・ビュルガーの『幽霊の首領』とJ・K・A・ムゼーウスが集成した『ドイツ民間童話』に含まれているポーランドとチェコスロヴァキアの国境聳えるスデーティ産地の精を扱った「デューベザール伝説」による作品」であると言われている。そしてアーヴィングはニッカボッカー以外にも、ジョナサン・オールドスタイル(Jonathan Oldstyle)やジェフリー・クレイヨン(Geoffrey Crayon)という2つのペンネームを使用していた。アーヴィングがどの様な考えに基づいてペンネームを使い分けていたかまでは判断できないが、彼がペンネームを意図的に用いていたことは理解できる。
 アーヴィングが『ドイツ民間童話』に含まれている「デューベザール伝説」という作品をモデルに「スリーピー・ホローの伝説」を書いた事実と3つのペンネームを使用していた事実を考慮すると、ディードリッヒ・ニッカボッカーが単純に語り手だと断言できないという解釈が出来る。なぜならオランダやドイツの民間伝承の焼直しである「スリーピー・ホローの伝説」の執筆に当たり、アーヴィングの作家としての独創性を強く膨らますことができないからである。そのため、アーヴィングが「スリーピー・ホローの伝説」を起稿するに当たって語り手の存在に一層配慮したはずだと考えられる。ニッカボッカーが彼のペンネームであることは事実だが、容易に語り手だとは断定できない。
 この考えを最も効果的に論じるものとして、首の無い騎士の亡霊の存在に関する語り手の説明がある。語り手は首の無い騎士の亡霊というゴシック的恐怖の存在を、以下の通り
実在するように語る。

 The dominant spirit, however, that haunts this enchanted region, and seems to be
 commander in chief of all the powers of the air, is the apparition of a figure on
horseback without a head.(p.273)

引用文から、首の無い騎士の亡霊は物語の中で最高位の幽霊として語られており、本当に存在するように読者へ想像させることが示されている。だが同時に「首の無い騎士の亡霊」の存在を“All these, however, were mere terrors of the night, phantoms of the mind, that walk in darkness… …yet daylight put an end to all these evils ”(p.278)とあるように、悪魔がイカバッドの前に出現するのは夜の間だけであり、昼の光を浴びると悪魔は消滅すると語っており、超自然的存在を否定している。このようにアーヴィングは語り手を巧みに操作して、読者へ「首の無い騎士の亡霊」の存在を現実であるかどうか疑わせることで、テラーの効果を強めている。そのため読者はこの物語を半信半疑で読み進めてしまうので、最後には「首の無い騎士の亡霊」が主人公「イカバッド・クレーン」“Ichabod Crane”(p.274)の恋敵である「ブロム・ヴァン・ブラント」”Brom Van Brunt”(p.281)であったと語り手に騙されてしまう。つまりこの物語において、語り手という存在はそれ程洗練が必要となる重要なものになると言え、ニッカボッカーが単純に語り手と言い切れない解釈に繋がる。これがニッカボッカーにおける1つ目の解釈であり、アーヴィングの読者にテラーを与える技法である。以上のように、入れ子構造を使用して物語の中で別の物語が展開する「スリーピー・ホローの伝説」は、ニッカボッカーがアーヴィング自身であるか否かの捉え方によって、ユーモアとテラーの相反する効果を読者に感じさせる。

第○+1節 伝説の効果

 「スリーピー・ホローの伝説」では、物語の中で異なる物語が展開する入れ子構造以外には、イカバッドが物語に登場する首の無い騎士の亡霊の伝説の中で、別の伝説へと展開する形式が、ストーリーの構成として設定されている。イカバッドはヒロインであるカトリーナ・ヴァン・タッセル“Katrina Van Tassel”(p.278)に求愛し、振られて、ブロムの変装する首の無い騎士の亡霊に打ちのめされて、スリーピー・ホローから失踪する。この出来事の後日談として、次のようなことが語られている。

 It is true, an old farmer, who had been down to New York on a visit several years
 after, and from whom this account of the ghostly adventure was received, brought
 home the intelligence that Ichabod Crane was still alive… …and finally had been
 made a Justice of the Ten Pound Court.(p.296)

このようにイカバッドは失踪後、学校の先生から職業を転々と変更して、最終的には民事裁判所の裁判官になったことが明記されている。けれども以下のとおり、スリーピー・ホローに住む住人は、その事実を信じようとはしないと語り手は言っている。

 The old country wives, however, who are the best judge of these matters, maintain
 to this day, that Ichabod was spirited away by supernatural means… …a still  
 summer evening, has often fancied his voice at a distance, chanting a melancholy
 psalm tune among the tranquil solitudes of Sleepy Hollow.(p.296)

引用文のとおり、イカバッドがその後裁判官となった知らせを聞いても、スリーピー・ホローの住人は彼がスリーピー・ホローで首無しの騎士によって神隠しにあったと考えている。更にはこの神隠しの話をスリーピー・ホローで暮らす住民は好んで行い、一層迷信的な恐怖の対象とし、首無しの騎士が出現した橋やイカバッドの学校を避けて、彼が閑静な夏の夕暮れに現れる悲しい賛美歌を歌う幽霊として存在しているように扱われている。つまりイカバッドはニューヨークで裁判官を務める人物である一方で、首の無い騎士の亡霊の伝説に取って代わって「不幸な先生の幽霊」”unfortunate pedagogue” (p.296)として、スリーピー・ホローの伝説の中で新たな伝説として語り継がれていく対象にされている。この不幸な先生の幽霊が伝説の中で目新しい伝説へと展開する構造が、アーヴィングの読者にユーモアを与える技法へと、如何にして繋がっているのかを証明する。だが始めに、イカバッドが首の無い騎士の亡霊に扮したブロムに追いかけ回されて、スリーピー・ホローから追放される根本的な原因についてから考える。

 『印象と効果』(南雲堂,2000)を著した武藤脩二は、イカバッドがスリーピー・ホローを追い出される根本的な原因として、2つの理由を挙げている。第一に、彼がオランダ人に対立する「ニューイングランドのヤンキー」(2)であったためだと述べている。“He was a native of Connecticut”(p.274)と書かれていることから、イカバッドはニューイングランド出身である。そしてヤンキーとは「落ち着きが無く、絶えず変化と改良と利益を求め、常に移動している」(3)者であると定義されている。イカバッドは“his heart yearned after the damsel who was to inherit these domains”(p.280)とあるように、カトリーナに恋焦がれている理由が、彼女自身ではなく彼女が受け継ぐ遺産が目当てだと語られている。加えて、語り手は“and his imagination expanded with the idea, how they might be readily turned into cash, and the money invested in immense tracts of wild land”(p.280)と述べて、イカバッドがカトリーナの受け継ぐ財産を現金に換えて、広大な未開地に投資するという、自分に都合の良い想像を巡らすことも説明している。このことから、イカバッドはカトリーナに将来受け継ぐとされる利益を求め、その利益を広大な未開地に投資するという変化・移動を求めており、ヤンキーの定義と一致する。
 第二に、イカバッドが「飢餓の権化」(4)であったことが原因で、彼がスリーピー・ホローから行方をくらましたのだと述べている。飢餓の権化とは『印象と効果』の中で「大食いなのに体はかかしのように痩せている」(5)イカバッドを表現するのに使用されている言葉である。イカバッドは“he was huge feeder, and through lank, had the dilating powers of Anaconda”(p.275)とあるとおり、痩せているが胃袋をアナコンダのように膨張させることができる健啖家である。また、イカバッドは怪談や伝悦が大好きであり“No tale was too gross or monstrous for his capacious swallow.”(p.277)と明記されているように、どんな物語も吸収する。食べ物だけでなく、幽霊や化け物の話も「がぶりとのみこんでしまう」(6)ことから、彼の貪欲さと関係づけて飢餓の権化と表している。以上のように『印象と効果』では、イカバッドが貪欲なヤンキーであったために、スリーピー・ホローに受け入れられず、姿をくらましてしまったと述べている。

 そもそもスリーピー・ホローとは“and the peculiar character of its inhabitants, who are descendents from the original Dutch settlers”(p.272)とあるように、オランダからアメリカに移住してきた人々の子孫の社会である。更に『印象と効果』の中で、オランダ人社会であるスリーピー・ホローは「物質的豊かさ」(7)と「人間的豊かさ」(8)を兼ね備えた社会であると述べられている。「物質的豊かさ」とは“over the fat meadow lands,… …and the orchards burthened with ruddy fruit, which surrounded the warm tenement of Van Tassel.”(p.280)と描かれているように、食料や財産など、オランダ人社会の自足が生みだす豊かさのことである。そして「人間的豊かさ」とは、幽霊や妖怪などの超自然的存在の豊富さのことである。アーヴィングは伝説や迷信、幽霊の存在を“Local tales and superstitions thrive best in these sheltered,… …they have no acquaintance left to call upon.”(p.288)とあるとおり、長期に渡った定住の中から生じるものだと考えている。対して、アーヴィングの生きた時代のアメリカは、ウォール街が金融街に変貌し、鉄道産業や電気エネルギー産業が産声をあげ、急激に産業が成長をしていた時代だった。即ち「人間的豊かさ」とは、目まぐるしい変化を起こすアメリカに定着した、オランダ移住民の社会から生まれる豊かさのことである。このオランダ人社会の物質的豊かさにおける利益と人間的豊かさにおける利益を併せ持つカトリーナは「アメリカにおける定着と自足が産み出した豊かさの象徴」(9)である。

 イカバッドは貪欲故、カトリーナに思いを寄せると同時に、彼女の持つ豊かさを食べようとしている。つまり卑しい考えを持って、2つの豊かさの象徴であるカトリーナを奪おうとしているイカバッドは「定住を脅かす者」(9)であると言える。『印象と効果』の著者は、スリーピー・ホローの脅威である、この飢えたヤンキーを追放するに当たって「伝説を利用して放逐するという形にしたところに、この作品の真骨頂がある」(10)と述べている。その理由は、イカバッドをスリーピー・ホローから追い払ったものが、事もあろうに、彼自身が好んでいた伝説そのものだからである。その上、イカバッドが姿を見せなくなった後、彼自身ではなく、彼の幽霊だけがスリーピー・ホローで新しい伝説として受け入れられてしまう結末へと転じる。これこそが、アーヴィングが物語に登場する伝説の中で他の伝説へと繰り広げる形式に仕掛けた、読者にイカバッドに対する嘲笑的なユーモアを伝える技法である。


(1)Washington Irving, The Legend of Sleepy Hollow(Penguin Books,1999) ,p.296以下、原作からの文の引用はこの本からとし、本文中にページ番号を( )で表記する。
(2)武藤脩二『印象と効果』(南雲堂,2000),p.55
(3)同上,p.55
(4)同上,p.58
(5)同上,p.58
(6)ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957),p.202
(7)武藤『印象と効果』,p.58
(8) 同上,p.58
(9) 同上,p.60
(10) 同上,p.60

参考文献
ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957)
「あっとニューヨーク」《http://www.at-newyork.com/》
「Wikipedia」
《http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E3%82%8C%E5%AD%90》
《http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0》
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by mewspap | 2010-10-24 00:56 | 2010年度ゼミ

進行状況(TSUMO)

引き続き、ワシントン・アーヴィング(Washington Irving)著の『スケッチ・ブック』(Sketchbook)という短編集に綴られている「スリーピー・ホローの伝説」(The Legend of Sleepy Hollow)という作品について。

今回は前々回に投稿した入れ子構造(語り手の中の語り手)に続く節を考えついたので、前々回に投稿した内容と纏めて1つの章として投稿します。因みに、前回に投稿した印象と効果についての章を第1章としたいと思います。

第2章 入れ子構造
 「スリーピー・ホローの伝説」では、入れ子構造の形式でストーリーが構成されている。以下は入れ子構造に関する説明である。

「1. 同様の形状の大きさの異なる容器などを順に中に入れたもの。重箱や杯などの入れ子細工。代表的なものとしてロシアのマトリョーシカ人形がある。
2. 1. から派生して、プログラミングにおけるネスティング(入れ子構造)のこと。
3. 同じく1. から派生して、劇中劇などのように、物語の中で別の物語が展開する構造のこと。」(1)

「スリーピー・ホローの伝説」では、作中で2つのタイプの入れ子構造の形式が見られており、本章ではその2つのタイプの入れ子構造が、ワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを誘う技法として用いられていることを論じていく。第1節では作中でスリーピー・ホローの伝説」を語る複数の語り手について、第2節では伝説の中で伝説となるイカバッドについて説き、それぞれがワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを与える技法であることを論じる。

第1節 入れ子構造(語り手の中の語り手)
「スリーピー・ホローの伝説」は、物語を語る中で物語を語る人物が複数存在する、入れ子構造の形式でストーリーが綴られている。作中では霜降り服の紳士(2)(P242)が「首の無い騎士の亡霊」(P194)の物語を「マンハットー市」(P242)の市会の席上でディードリッヒ・ニッカボッカー(Diedrich Knickerbocker)という人物に話し聞かせており、その人物の手記を元にして物語が進行している設定で描かれている。この入れ子構造の形式で描かれるストーリーに、ワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを誘う技法が幾つか取り込まれている。

順を追って説明すると、先ずディードリッヒ・ニッカボッカーに物語を話した霜降り服の紳士が最初の語り手ではない。霜降り服の紳士は物語の最後に「そのことにつきましては、わたくし自身、半分も信じていないのです」(P242)と話している。このセリフはディードリッヒ・ニッカボッカーと同席して物語を聞いていた老紳士(P241)の批判に対して、霜降り服の紳士自身が述べたものである。つまり霜降り服の紳士は他人から聞いた話をディードリッヒ・ニッカボッカー達に語っていた設定が推測できる。

次に「首の無い騎士の亡霊」を手記として残したディードリッヒ・ニッカボッカーには2つの解釈が出来る。一つ目はディードリッヒ・ニッカボッカーがワシントン・アーヴィング自身であると同時に、小説の語り手であるという解釈である。その理由は、ディードリッヒ・ニッカボッカーとはワシントン・アーヴィングが使用していたペンネームだからである。

「1809年、ワシントン・アーヴィングが『ニューヨークの歴史』というニューヨークに住むオランダ人移民者についての本を著した。この時アーヴィングはオランダ系の名前であるディードリッヒ・ニッカボッカーというペンネームを用いた」(3)

作中では、冒頭に「故ディードリッヒ・ニッカボッカーの遺稿より」(P192)と記されていたり、あとがきとして「ニッカボッカーの手記より」(P240)とあることから、ワシントン・アーヴィングは自身を作品の中で殺してしまうという自作自演が読み取れ、彼のペンネームを知っている読者に対して笑いを誘う。それと同時に手記を残していたニッカーボッカーであるワシントン・アーヴィングこそが本当の語り手であることが分かる。これがディードリッヒ・ニッカボッカーにおける1つ目の解釈であり、ワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを誘う技法でもある。

そして2つ目はディードリッヒ・ニッカボッカーが単純に小説の語り手と言い切れないという解釈である。つまりディードリッヒ・ニッカボッカーはワシントン・アーヴィングが意識的に操る語り手であり、読者にユーモアを誘うもう1つの技法であるという解釈である。順を追って説明すると、先ずワシントン・アーヴィングのプロフィールから述べる。

「アーヴィングは1815年にヨーロッパへの旅に出た。1819年~1820年、彼は最も有名な作品『スリーピー・ホローの伝説』と『リップ・ヴァン・ウィ ンクル』を含む文集『スケッチ・ブック』を刊行した。ヨーロッパ滞在中、彼はアメリカのイギリス使節団のメンバーであったが、ひまな時に彼は大陸部へ旅行に出かけ、オランダやドイツの民間伝承を幅広く読んだ。『スケッチ・ブック』に収録されている物語はヨーロッパでアーヴィングが書き、ニューヨークにある出版社へ送られて、アメリカの雑誌に掲載された。」(4)

上述の注釈より、ワシントン・アーヴィングがオランダやドイツの民間伝承を読んだ(または聞いた)話をモデルに「スリーピー・ホローの伝説」を作りだした事実が判断できる。更に詳しく述べると「スリーピー・ホローの伝説」は「G・A・ビュルガーの『幽霊の首領』とJ・K・A・ムゼーウスが集成した『ドイツ民間童話』に含まれているポーランドとチェコスロヴァキアの国境に聳えるスデーティ産地の精を扱った「デューベザール伝説」による作品」(5)であると言われている。
またワシントン・アーヴィングはディードリッヒ・ニッカボッカー以外にも複数のペンネームを使用していた。以下は注釈(4)より掲載されているワシントン・アーヴィングのプロフィールから作成した、アーヴィングが使用したペンネームの流れである。

本名・ワシントン・アーヴィング
アメリカ独立確定の年に生まれたアーヴィングは独立革命の英雄、合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンにちなんでワシントン・アーヴィングと名づけられた。
                   ↓
最初のペンネーム
ジョナサン・オールドスタイル(Jonathan Oldstyle)
代表作・『ジョナサン・オールドスタイルの手紙』(Letters of Jonathan Oldstyle
                   ↓
ディードリッヒ・ニッカボッカー
代表作・『ニューヨークの歴史』(A History of New-York
                   ↓
ジェフリー・クレイヨン(Geoffrey Crayon)
代表作・『スケッチ・ブック』

上述した、ワシントン・アーヴィングが『ドイツ民間童話』に含まれている「デューベザール伝説」という話をモデルに「スリーピー・ホローの伝説」を作りだした事実と複数のペンネームを使用していた事実から、ディードリッヒ・ニッカボッカーが単純に小説の語り手だと断言できないという解釈が推測できる。何故ならワシントン・アーヴィングがオランダやドイツの民間伝承をモデルに物語を作りだしたことから、「スリーピー・ホローの伝説」を作成するに当たり、作家としての独創性を強く発揮できない点で、ワシントン・アーヴィングが物語を記すに当たって語り手の存在に一層配慮したはずだと考えられるからである。
ワシントン・アーヴィングは「スリーピー・ホローの伝説」を記すに当たり、首無しの騎士の存在を「しかし、この妖術をかけられた地方につきまとう主領の精霊で空中の魔力の総大将とおぼしいのは、首無い騎士の亡霊である。ある人たちのいうのには、これはヘッセからアメリカに渡った騎兵の幽霊であり… …亡霊が夜半の疾風のように、速くこの窪地うぃ通り去るのは、刻限におくれたために、大いそぎで夜明け前に墓場へ帰ろうとしているのだということだ。」(P194)と、如実のように語る。だが同時にゴシック的恐怖を否定する説明「しかし、こういうことも夜だけの恐怖にすぎず、心の迷いで暗闇に横行する物の怪にすぎなかった。そして、今までに彼は幽霊をたくさん見たことがあるし、ひとりで散歩したときには、いろいろな形をした悪魔に取りかこまれたこともあった。だが、昼の光をさせば、こういう悪魔どもはすべてうさん雲散霧消し、悪魔がいようと、また、それがどんな仕業をしようと、彼は愉快な人生をおくったにちがいない。」(P204)を、幻想を用いて包み隠したり、物語に登場する人物の人格を操るなど、読者に対して巧みに首無しの騎士の存在を幻想か否かのバランスを計っている。そのため読者はこの物語を半信半疑で読み進めてしまうので、最後には首無しの騎士が主人好イカバッド(Ichabod)の恋敵であるブロム(Brom)であったと語り手に騙され、笑みをこぼす。つまりこの物語において、語り手という存在はそれ程洗練や熟練が必要となる重要なものになると言え、ディードリッヒ・ニッカボッカーが単純に語り手と言い切れない解釈に繋がる。これがディードリッヒ・ニッカボッカーにおける2つ目の解釈であり、ワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを与える技法である。

 総じて、物語を語る中で物語を語る人物が複数存在する、入れ子構造の形式でストーリーが綴られている「スリーピー・ホローの伝説」はディードリッヒ・ニッカボッカーがワシントン・アーヴィングであるか否か、どちらの解釈が真にしろ、読者にユーモアを与えてくれる物語だと言える。

第2節 入れ子構造(伝説の中の伝説)

前節でも述べたとおり「スリーピー・ホローの伝説」は、物語を語る中で物語を語る人物が複数存在する、入れ子構造の形式でストーリーが綴られている。加えて「スリーピー・ホローの伝説」では、物語を語る中で物語を語る人物が複数存在する形式以外にも、イカバッドが伝説の中で伝説となる入れ子構造の形式がストーリーを構成するにあたり用いられている。

「じつをいえば、この幽霊の冒険談はある年とった農夫から聞いたのであるが、この農夫が、その後数年してからニューヨークに行ってきて、故郷にもちかえったしらせによると、イカバッド・クレーンはまだ生きており… …彼は遠方に住居を変えて、学校で教えるかたわ法律を勉強し、弁護士になり、政治家に転じ、選挙運動に奔走し、新聞に寄稿もし、ついに民事裁判所の判事になったということだった。」(P239)

このようにイカバッドは、首無しの騎士に扮したブロムに追いかけ回され、スリーピー・ホローから失踪した事件の後に、法律を勉強して、最終的には民事裁判所の判事になったことが、後日談として本文で語られている。けれども、スリーピー・ホローに住む住人は、その事実を信じようとはしない。

「しかし、田舎の老婆たちは、こういうことについては最上の審判官ではあるのだが、彼女らは今でも、イカバッドは超自然的な方法でふしぎにも運び去られたのだと言っている。この近辺のひとびとは冬の夜に炉をかこみ、好んでこの物語をするのである。例の橋はいよいよもって迷信的な恐怖の対象となり、そのためであろうが、近年になって道すじが変えられ、教会へ行くには水車用水地の端を通るようになった。学校は使わなくなって、間もなく朽ち落ちてしまい、不幸な先生の幽霊が出るといわれたものである。農夫の子が、静かな夏の日ぐれに家路をたどるときには、しばしばあの先生の声が遠くに聞こえ、もの悲しい賛美歌を人影もないしずかなスリーピー・ホローで歌っているような気がした
ものである。」(P240)

上述したようにイカバッドがその後判事となった知らせを聞いても、彼がスリーピー・ホローで首無しの騎士によって神隠しにあったと考えているからだ。更にはこの神隠しの話しを好んで行い、一層迷信的な恐怖の対象として、首無しの騎士が出現した橋やイカバッドの学校を避けて、遂には彼が静かな夏の日ぐれにもの悲しい賛美歌を歌う幽霊として存在しているように扱われている。つまりイカバッドは首無しの騎士の伝説に取って代わって「不幸な先生の幽霊」として、スリーピー・ホローの伝説の中で伝説化されたのである。この「不幸な先生の幽霊」が伝説の中で伝説となる入れ子構造の形式が、ワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを与える技法へと、如何にして繋がっているのかを証明するが、その前に先ず、イカバッドがカトリーナに求愛し、振られ、ブロムが扮する首無しの騎士の幽霊に打ちのめされてスリーピー・ホローを追放されるが、その根本的な原因は彼自身の物質的・人間的豊かさの欠落であることを説く。

第1章で説明したように、イカバッドは「オランダ人に対立するニューイングランドのヤンキー」である。加えて「飢餓の権化」として描かれているなど、彼が貧しい生活を送っていたことが分かる。これを裏付けるものとして「学校からあがる収入はわずかだったし、とても毎日の糧をもとめるにも足りないくらいだった」(2)(P199)という文章が原作でも明記されている。対してカトリーナは第1章の人物描写で「カトリーナ・ヴァン・タッセルという、オランダ人の金持ち農夫の一人娘がいた。彼女は花はずかしい十八歳の乙女だった。しゃこのように丸々と肥って、熟して柔らかで赤い頬は、まるで彼女の父のつくった桃にも似ていた。… …さらに男性の胸をときめかすような短いスカートをはき、この界隈きっての綺麗な足とくるぶしを見せつけたものである。」と述べたように、イカバッドと違って裕福で充実した生活を送っている。つまりカトリーナは「ヨーロッパ的な古い伝統と、アメリカにおける定着と自足が産み出した豊かさの象徴」(7)(P60)として描かれているのだ。そして同時にイカバッドがオランダ人社会における物質的豊かさにおける利益だけでなく、人間的豊かさにおける利益すらも「がぶりとのみこんでしまう」ほど貪欲なヤンキーであり、スリーピー・ホローを脅かす脅威であったことが言える。

伝説や迷信、幽霊の存在が、長期に渡った定住の中から生じる人間的豊かさだとワシントン・アーヴィングが考えていることから、定住を脅かす物質的・人間的豊かさが欠落したヤンキーは追放されなければならない。この追放に伝説を用いたことこそが、ワシントン・アーヴィングの、読者に対してユーモアを与える技法である。

「『スリーピー・ホローの伝説』は『ドイツ民間童話』の一伝説の焼直しではあるが、いわば、伝説の根拠を破壊する勢力を追放するという形の伝説に再伝説化したものなのである。」(7)(P60)

イカバッドは迷信深く、怪談や伝説を好んでいるが、伝説の根拠を破壊する勢力としてオランダ人社会であるスリーピー・ホローに受け入れられない。物質的・人間的豊かさが欠落しており、オランダ人社会における物質的・人間的豊かさを脅かす「飢餓の権化」であったことが原因で、自身が好んだ伝説そのものに利用されて、スリーピー・ホローを追放されてしまう。伝説の中で伝説になる入れ子構造の形式には、イカバッド自身ではなく、彼の幽霊だけがスリーピー・ホローで新しい伝説として受け入れられてしまうという、ユーモアを読者に対して与える技法として用いられていることがいえる。


(1)Wikipedia(入れ子)
《http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E3%82%8C%E5%AD%90》
(2)ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957)以下、本作品からの文の引用はこの本からとし、本文中にページ番号を( )で表記する。
(3)Wikipedia(ニッカーボッカーズ)
《http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%BA》
(4)Wikipedia(ワシントン・アーヴィング)
《http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0》
(5)鏡味 国彦 齊藤 昇『英米文学への誘い』(文化書房博文社,2008)
(6)ドナルド・A・リンジ(古宮照雄/谷岡朗/小澤健志/小泉和弘,訳)『アメリカ・ゴシック小説~19世紀小説における想像力と理性~(松柏社,2005)
(7)武藤脩二著『印象と効果』(南雲堂,2000)


参考文献
(1)ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957)
(2)http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=3501&pg=20031226
(3)鏡味 国彦 齊藤 昇『英米文学への誘い』(文化書房博文社,2008)
(4)ドナルド・A・リンジ(古宮照雄/谷岡朗/小澤健志/小泉和弘,訳)『アメリカ・ゴシック小説~19世紀小説における想像力と理性~』(松柏社,2005)
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by mewspap | 2010-10-19 08:32 | 2010年度ゼミ

進行状況(TSUMO)

引き続きワシントン・アーヴィング(Washington Irving)著の『スケッチ・ブック』(Sketchbook)という短編集に綴られている「スリーピー・ホローの伝説」(The Legend of Sleepy Hollow)という作品について。

今回も先日、先生に指導して頂いた「節」を作成してみました。しかし1つの節として納まるボリュームではなかったので、1つの章として投稿させていただきます。

第○章 印象と効果
ワシントン・アーヴィングが描く「スリーピー・ホローの伝説」の作中には、一定の法則(思考の筋道)に則った文が多くあり、読者に一様のイメージを与えるように文章が構成されている。その技法を本章ではエドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)が「ホーソン論」で提唱した印象と効果を用いて「スリーピー・ホローの伝説」に登場する人物描写と舞台描写が、読者に一様のイメージを与えるように文章が構成されていることを論じ、その技法が読者に対し、最終的にはゴシック的恐怖の要素が真か偽かを目眩まし、騙し、笑わせるためのものへと繋がることを、印象と効果を用いて説く。第1節で登場人物の人物描写(身体つき、思考・性格、名前)を、第2節で舞台の描写について述べ、第3節でポーの印象と効果を当てはめて「スリーピー・ホローの伝説」に登場する人物と舞台の描写が、読者に一様のイメージを与えるように構成されていることを論じる。

第1節 登場人物の人物描写

本節では「スリーピー・ホローの伝説」の物語に登場する人物の身体つき、思考・性格、名前といった登場人物の描写を論じる。物語に登場する人物の中でも、物語に大きく関わる3人─イカバッド・クレーン(Icabad Crane)カトリーナ・ヴァン・タッセル(Katrina Van Tassel)ブロム・ヴァン・ブラント(Brom Van Brunt)─の人物達の描写が読者に一様のイメージを与えていることを論じていく。先ずは物語の登場人物の身体描写から述べる。

主人公であるイカバッド・クレーンは作中で「クレーン(鶴)という苗字は、彼の容姿にぴったりしていた。背は高いが、ひどく細く、肩幅はせまく、腕も足も長く、両手は袖口から1マイルもはみだし、足はシャベルにでもしたほうがいいような形だった。… …貧乏神が地上におりてきたのか、あるいは、案山子が玉蜀黍の畑からにげだしてきたのかとまちがえるかもしれない。」(2)(P196)と身体つきを描写されており、ひどく不細工に描かれている。イカバッドは頭と身体、両手足のバランスがおかしいことが分かり、身体つきだけでなく顔つきも目と耳と鼻のアンバランスさが読み取れる。更には人物像として貧乏神や案山子のような風体として表現されており、イカバッドの容姿が不細工であり、加えて醜悪な風体であるイメージを一様にして読者へと思い描かせる。
続いて、物語のヒロインであるカトリーナ・ヴァン・タッセル(Katrina Van Tassel)は「カトリーナ・ヴァン・タッセルという、オランダ人の金持ち農夫の一人娘がいた。彼女は花はずかしい十八歳の乙女だった。しゃこのように丸々と肥って、熟して柔らかで赤い頬は、まるで彼女の父のつくった桃にも似ていた。… …さらに男性の胸をときめかすような短いスカートをはき、この界隈きっての綺麗な足とくるぶしを見せつけたものである。」(2)(P204)と身体つきを描写されており、美しく、若い女性として描かれている。イカバッドとは対照的で、カトリーナには綺麗・可愛いなどのイメージが読者へ思い描かせる。
最後に、イカバッドの恋敵であるブロムの身体描写は「彼はこの界隈の英雄で、腕ずくと図々しさとで名をとどろかしていた。肩幅がひろく、からだの自由が利き、黒いかみの毛は短くちぢれていて、顔つきは武骨だが、嫌味はなく、道化たような、高慢なような風采をしていた。ヘラクレスのような体格と物すごい腕力とのおかげで、彼はブロム・ボーンズ(骨っぱりのブロム)というあだ名で呼ばれ、どこへ行ってもその名で知られていた。」(2)(P210)とあるように、ブロムの描写には体格が良く、ハンサムで我侭な節があるが、魅力ある男性などのイメージを読者へ思い描かせる。特にヘラクレスのような体格という表現は、ブロムの屈強さを一層読者に印象づけている。

次に、物語の登場人物の思考・性格の描写について述べる。イカバッドの思考は利益主義と描写されている。恋焦がれているカトリーナを好きになったのも「恍惚となったイカバッドは、こんなことを空想しながら、緑色の大きな眼をぐるぐるさせて、ゆたかな牧草地をながめ、豊穣な小麦や、ライ麦や、蕎麦や、玉蜀黍の畑を見わたし、赤い実が枝もたわわになっている果樹園を見、それにかこまれたヴァン・タッセルの暖かい家を見ていた。すると、彼の心は、やがてこの領域をうけつぐことになっている乙女に恋い憧れた」(2)(P207)とあるように、彼女自身ではなく彼女が受け継ぐ遺産が目当てだからである。更にこのシーンの後、彼は彼女が受け継ぐ遺産を現金に換えて、広大な未開地に投資するなど、あれこれと自分に都合の良い思考を巡らす。このように、彼が利益主義であることは誰にでも読み取れるように描かれており、これを裏付ける表現は他にも多々ある。例えば、イカバッドは学者であり、学校を開いて教師をやることで生計を立てているが、定着した家を持つこと無く、あちこちの農家に(教え子の家に)下宿する巡回旅行のような暮らしを送っている。作中では「健啖家」(2)(P199)として描写されているが、同時に利益主義であることも分かる。また彼は伝説や怪談を好み「不可思議なことを好む食欲も、またそれを消化する力もなみなみではかなった。… …どんな大きな話でも、恐ろしい話でも、彼はがぶりとのみこんでしまうのだ。」(2)(P202)や「彼にとってかけがえのないコットン・マザーの著書」(2)(P229)と書き表されているように、かなり迷信深い人物としても描かれている。
続いて、カトリーナの思考・性格について論じる。彼女は短いスカートをはき、綺麗な足とくるぶしを見せつけていたことから、自分の容姿に強い自信を持っていたことが分かる。これを裏付けるものとして、彼女の服装の描写がある。「彼女の服は昔風なところに最新流行をまじえたもので、それがまことに彼女の魅力をしたたるばかりにしていた」(2)(P204)とあるとおり、彼女は自分の容姿の魅力を引き出す服装をしていたことから、自分の美しさに強い自信を持っていたことが理解できる。他にはイカバッドがカトリーナに求愛し、振られるシーンで「あの少女は浮気な悪戯をしたのだろうか。あわれな先生に愛想よくしたのは、先生の恋敵を完全に征服するための単なる見せかけだったのか。」(2)(P230)とあることから、彼女が悪女であったイメージが読み取れることが出来るが、その後に続く文章で「これは神だけが知っているのであって、わたしにはわからない。」(2)(P230)とあることから、彼女が本当に悪女であったかどうかは推測できない。
最後に、ブロムの思考・性格は「喧嘩や騒ぎといえばいつでもこいというふうだったが、気質は悪戯気たっぷりというほうで、悪気はあまりなく、強制的で荒っぽいのにもかかわらず、底には滑稽な茶目な色合いが強かった」(2)(P211)とあるように、身体描写で表現された体格が良く、ハンサムで我侭な節があるが、魅力ある男性などのイメージを後押しするかのように読者に書き表されている。また「韃靼人さながら」(2)(P211)と比喩されるほどブロムは馬術に長けており、これは後に彼が首無しの騎士に変装したままイカバッドをスリーピー・ホローから追放したことの布石でもある。

 最後に、物語の登場人物の名前について述べる。この物語は、登場人物の名前においても読者に一様のイメージを与える技法として用いられている。最初にイカバッドの“Crane”(鶴)という苗字は彼の身体描写のみならず、思考や行動にも顕著に表れている。前述した、彼の定着した家を持つこと無く、あちこちの農家に(教え子の家に)下宿する巡回旅行のような暮らしを送る様は、渡り鳥の鶴のようだと隠喩されているからだ。
続いて、カトリーナの名前について述べる。先ずミドルネームである“Van”とは「オランダ人の貴族の名前につける、もとは出身地を示した」という意味であり、次にラストネームである“Tassel“とは「(トウモロコシの)ふさ」という意味である。つまり、ミドルネームである”Van“からカトリーナの裕福さと出身地を、ラストネームである”Tassel”からカトリーナの家が農業を営んでいることを暗示している。前述した「オランダ人の金持ち農夫の一人娘」であることが、彼女の名前からも読み取れるように工夫が凝らされている。
 最後に、ブロムの名前について述べる。先ずミドルネームである“Van”についてはカトリーナと同じなので省略する。一つ付け加えるならば、カトリーナと違い、ブロムの場合は彼が裕福な生まれである描写が全く無いので、オランダ出身であるという意味合いが強いと推測できる。次にラストネームである“Brunt“とは、「主力、矛先、猛攻。荒々しさを引き立たせる。」という意味である。ブロムはミドルネームである”Van”からオランダ出身・オランダの血統であることを、そしてラストネームである“Brunt”から身体・思考・性格の表現から読み取れる彼の腕っ節の強さを更に暗示している。
また彼の愛馬のデアデビル(Daredevil)という名前からも彼の屈強さが読み取れる。“Daredevil”とは直訳すると「命知らずな」という意味であり、如何にデアデビルが暴れ馬であるかを誇張しており、それを御するブロムの屈強さを際立たせている。これは作中にある「彼はこの集まりに来るのに、デアデビル(Daredevil)という愛馬に乗ってきたが、この馬は彼に似て、元気はいいし、悪戯好きで、彼でなければ御することはできなかった」(2)(P221)の文章に結びつく。

総じて「スリーピー・ホローの伝説」という作品には、読者に矛盾無く、分かりやすいイメージを与えるために、登場人物の身体や思考・性格の描写だけでなく、名前においてもワシントン・アーヴィングの人物描写にあたる工夫が凝らされている。

第2節 舞台の描写

この物語はオタンダ人社会の植民地であり、ニューヨーク州にあるタリータウンという町から三マイルほど離れた窪地にあると設定されたスリーピー・ホローという架空の土地を舞台としてストーリーが展開している。本節では「スリーピー・ホローの伝説」の物語に登場する舞台の描写が読者に一様のイメージを与えていることを論じる。

先ずワシントン・アーヴィングはこの物語の舞台説明において、冒頭でこの地を「世の中で一番静かな場所」(2)(P193)と描写している。その地の静けさを「大ニューヨーク州の奥深く、あちらこちらにあるオランダ人の住む辺鄙な渓谷のなかにあり、ここでは人口も風俗慣習もかわらないのだ。休むことを知らないアメリカのほかのところでは、移住民や種々な改善が奔流のようにぞくぞく流れ込み、絶えず変化しているが、その大きな急流もこの渓谷にはまったく気づかれずに流れていくのだ。」(2)(P196)と水の流れに例えた表現方法を用いて描写している。「首の無い騎士の亡霊」(2)(P194)がアメリカ独立戦争でイギリス軍側に参加したヘッセンの軍人である設定を踏まえると、独立戦争直後のアメリカにおける絶え間ない人の流れを水の流れとして表現しており、その対照としてスリーピー・ホローが位置づけられていることが推測できる。この推測を裏付けるものとして「世の中の騒がしさから逃れ、わずらわしいことばかり多かった人生の余暇を静かに夢みながら暮らすことができる隠居所」(2)(P193)という文章が作中にあり、スリーピー・ホローが「個人の『隠居所』だけではなく、当時のアメリカの隠居所ともされている」(1)(P54)ことから、読者にスリーピー・ホローがこの世で最も静かな場所だと繰り返し印象づけていることが理解できる。

そしてスリーピー・ホローは「世の中で一番静かな場所」であると同時に、そこに住む住人々に対して空想的な力が夢や幻影を見させる魔力が作用している土地でもあると表現されている。

「空中に魔力があって、あの奇怪な場所から吹きよせてくるのだ。この魔力が人を夢や空想におとしいれる雰囲気を吐き出し、それが一面に伝染するのだ。」(2)(P226)

このようにスリーピー・ホローには、住人に対して何か特別な力が作用しているように描かれており、その魔力がこの土地全体に漂っていることが原因で、人々が怪談や伝説に遭遇してしまう要因だと述べられている。他にも「眠気をさそう夢のような力がこのあたりをおおっており、大気の中にさえ立ちこめているようだった。」(2)(P194)や「ひとびとが、この眠たげな地域に入る前にいかにはっきり目をさましていたとしても、間もなくかならず空中の魔力を吸い込んで、空想的になり、夢を見たり、幻影を見たりするようになるのだ。」(2)(P195)など、スリーピー・ホローに不可思議な魔力が覆われていることを読者に印象付ける文章が多々あるが、その印象を最も効果づけるものとして、物語の冒頭に配置されたエピグラフがある。

「そこは心地よいまどろみの国。
夢は半ばとじた眼の前にゆれ、
きらめく楼閣は流れる雲間にうかび、
雲はたえず夏空に照りはえていた。
             ──倦怠の城」(2)(P192)

上記のエピグラフは有名なスコットランドの有名な詩人、ジェームズ・トムソン(James Thomson)の「倦怠の城」の一部である。エピグラフとは「文書の巻頭に置かれる句、引用、詩、つまり構成要素のこと。序文、要約、反例になることもあるし、作品をより広く知られている文学作品と関連づけたり、比較をもたらしたり、あるいは様式化されたコンテクストに参加するためにも使われる。」(3)ものであるから、スリーピー・ホローが不可思議な魔力が働く場所として設定されていることがはっきりと理解できる。

総じてワシントン・アーヴィングは舞台設定を読者に説明するに当たり、スリーピー・ホローという舞台を「世の中で一番静かな場所」であると同時にそこに住む人たちに夢を見させる魔力が働いている場所であるというイメージを強調していることが分かる。

第3節

本節では第1節と第2節で述べた「スリーピー・ホローの伝説」に登場人物の描写と舞台の描写をエドガー・アラン・ポーが「ホーソン論」で提唱した印象と効果を用いて論じる。

先ずポーが「ホーソン論」で提唱した印象と効果についてから説明する。以下は武藤脩二著の『印象と効果』より抜粋したものである。

「ほとんどあらゆる種類の文学作品において、効果もしくは印象(effect or impression)の統一性こそ最も重要な点である。… …印象の統一性がないと、最も深い効果を挙げることはできない。」(1)(P14)

上記を更に詳しく説明すると「環境と作中人物、人物と人物、作品と読者の間の印象・効果は文学の基本点である。問題は何が環境であり、いかなる力が印象・効果を与えるのか、またいかなる印象・効果を何に、誰に、いかにして与えるのか、その力にいかなる抵抗・対応が可能なのか」(1)(P3)という考え方である。

*本稿は物語に登場する人物と舞台の描写が、読者に一様のイメージを与えるように構成されていることを、最終的にはゴシック的恐怖を煽り、読者をユーモアへ誘うための技法として印象と効果を用いて論じるのが目的であるため、印象と効果の語義互換性や差異に関する綿密な説明は省略する。

前述した登場人物の描写と舞台の描写をポーの印象と効果に当てはめると1つの矛盾点が生まれる。それはイカバッドが伝説や怪談を聞くことを好んでいる点である。

「地方色ゆたかな物語や迷信は、こういった辺鄙な、長いあいだ人が住みついていた僻地でもっとも盛んになるのだが、アメリカのたいていの町や村を形づくっているのは移りあるくひとびとなので、その足の下で踏みにじられてしまうのだ。そのうえ、ほとんどどこの村でも、幽霊に元気をつけるものがなにもないのだ。幽霊が墓にはいって、先ず一眠りして、寝返りをうつか、うたないうちに、まだ生存している友だちは近所を去っていってしまう。だから、幽霊が夜中に出てきて徘徊しても、訪ねてゆくべき知合いが残っていないのである。おそらくこういうわけで、わたしたちは古くからあるオランダ人の村以外では幽霊のことをほとんど聞かないのであろう。」(2)(P226)

上記の文章は作中で明記されているものであり、ワシントン・アーヴィングは伝説や迷信、幽霊の存在が、長期に渡った定住の中から生じるものだと考えている。つまり定着した家を持つこと無く、巡回旅行のような暮らしを送るイカバッドは「移動の人」(1)(P57)であり、定住の中に生まれる怪談に関心を持つことが矛盾しており、読者へ与える印象と効果に統一性がない。しかしワシントン・アーヴィングはこの矛盾を、人物描写と舞台描写を巧みに噛み合わせ、融合させて、矛盾をカバーし、読者へ与える印象と効果に統一性を持たせ、最終的にはゴシック的恐怖を煽り、読者をユーモアへ誘うための深い効果を挙げている。
ワシントン・アーヴィングが如何にして矛盾をカバーしているかを解説する前に、先ずイカバッドが「移動の人」であることを証明する。「彼はコネティカット州の生まれだった」(2)(P196)と本文に記述されていることから、イカバッドはニューイングランド出身である。そして第1節で述べたように、イカバッドが「定着した家を持つこと無く、あちこちの家に下宿する」生活を送っていることから、彼が「当時のアメリカでオランダ人に対立するニューイングランドのヤンキー」(1)(P55)であったことが分かる。ヤンキーとは「ヤンキーは落ち着きが無く、絶えず変化と改良と利益を求め、常に移動している」(5)(P455)と定義されている。イカバッドは第1節で「恋焦がれているカトリーナを好きになったのも… …彼女自身ではなく彼女が受け継ぐ遺産が目当てだからである。更にこのシーンの後、彼は彼女が受け継ぐ遺産を現金に換えて、広大な未開地に投資するなど、あれこれと自分に都合の良い思考を巡らす。」と説明した人物描写にあるとおり、カトリーナの利益を求め、その利益を広大な未開地に投資する変化・移動を求めていることから、この定義に一致している。つまり彼はオランダ人社会にとってのヤンキーであると同時に「移動の人」であることが理解できる。故に「移動の人」であるイカバッドが定住の中に生まれる怪談に関心を持つことが矛盾しているように思われる。

しかしワシントン・アーヴィングはイカバッドを「飢餓の権化」(P58)として描写することで、彼を単なるオランダ人社会におけるヤンキーではないと差異を設けることで、矛盾をカバーしている。イカバッドが「不可思議なことを好む食欲も、またそれを消化する力もなみなみではかなった。… …どんな大きな話でも、恐ろしい話でも、彼はがぶりとのみこんでしまうのだ。」と、第1節説明した人物描写にあるように、彼を単なる物質的豊かさにおける利益だけでなく、人間的豊かさにおける利益すらも「がぶりとのみこんでしまう」ほど貪欲な人物であることを描くことで、本来「移動の人」であるイカバッドが怪談や伝説を好む矛盾をカバーしているのだ。加えてワシントン・アーヴィングは、前述した「ひとびとが、この眠たげな地域に入る前にいかにはっきり目をさましていたとしても… …空想的になり、夢を見たり、幻影を見たりするようになるのだ。」の舞台描写や「彼にとってかけがえのないコットン・マザーの著書」である人物描写などを記すことで、イカバッドと単なるオランダ人社会におけるヤンキーとの間に生まれた差異を更に印象づけて、矛盾をカバーすることを後押ししている。そのため読者はこの矛盾に違和感を読み取ることなく、物語を読み進めてしまう。

このようにワシントン・アーヴィングは「スリーピー・ホローの伝説」を書き下ろすに当たり、読者に矛盾無く、分かりやすい印象を与えるために、登場人物や舞台描写における技法は洗練され、本当に緻密に考えられて構成している。
                 注

(1)武藤脩二著『印象と効果』(南雲堂,2000)
以下、本作品からの文の引用はこの本からとし、本文中にページ番号を( )で表記する。
(2)ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957)以下、本作品からの文の引用はこの本からとし、本文中にページ番号を( )で表記する。
(3)Wikipedia(エピグラフ)
《http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%94%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95》
(5) Ringe,Donald A.“New York and New England: Irving’s Criticism of American Society.”(American Literature 38,1967)

参考文献
(1)ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957)
(2)武藤脩二著『印象と効果』(南雲堂,2000)
(3)リーダーズ英和辞典(電子辞書)
(4)ジーニアス英和辞典(電子辞書)
(3)と(4)は名前の意味を調べるのに用いた。
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by mewspap | 2010-10-17 16:10 | 2010年度ゼミ

ゼミ写真

なんか調子も出ず、ブログ投稿も滞っているうちに、今年もゼミ写真の撮影時期になってしまった。
今年度は例年とずいぶん違うやり方となったけど(身長に合わせてベッドサイズを決めないとね)、夏期休暇中を含めすでに28回という記録的なゼミ回数である。
正規授業回数としては、春学期14回、秋学期14回なので、すでにこのゼミは「終わっている」ことになる。

例年思うけど、ゼミ写真撮影というのは確かに「終わり」というものを指さしている。

というわけで、カメラマンさんたちとの約束の時間前に、とりあえず合研で手持ちのデジカメにより試し撮り。
d0016644_11312286.jpg

ありゃ、完全に逆光だわいな。

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by mewspap | 2010-10-15 11:43 | 2010年度ゼミ

進行状況(TSUMO)

引き続き、ワシントン・アーヴィング(Washington Irving)著の『スケッチ・ブック』(Sketchbook)という短編集に綴られている「スリーピー・ホローの伝説」(The Legend of Sleepy Hollow)という作品について。

今回は先日、先生に指導して頂いた「節」を作成してみました。

第○節 入れ子構造
「スリーピー・ホローの伝説」は、物語を語る中で物語を語る人物が複数存在する、入れ子構造の形式でストーリーが綴られている。作中では霜降り服の紳士(1)(P242)が「首の無い騎士の亡霊」(P194)の物語を「マンハットー市」(P242)の市会の席上でディードリッヒ・ニッカボッカー(Diedrich Knickerbocker)という人物に話し聞かせており、その人物の手記を元にして物語が進行している設定で描かれている。この入れ子構造の形式で描かれるストーリーに、ワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを誘う技法が幾つか取り込まれている。

順を追って説明すると、先ずディードリッヒ・ニッカボッカーに物語を話した霜降り服の紳士が最初の語り手ではない。霜降り服の紳士は物語の最後に「そのことにつきましては、わたくし自身、半分も信じていないのです」(P242)と話している。このセリフはディードリッヒ・ニッカボッカーと同席して物語を聞いていた老紳士(P241)の批判に対して、霜降り服の紳士自身が述べたものである。つまり霜降り服の紳士は他人から聞いた話をディードリッヒ・ニッカボッカー達に語っていた設定が推測できる。

次に「首の無い騎士の亡霊」を手記として残したニッカーボッカーには2つの解釈が出来る。一つ目はニッカーボッカーがワシントン・アーヴィング自身であると同時に、小説の語り手であるという解釈である。その理由は、ディードリッヒ・ニッカボッカーとはワシントン・アーヴィングが使用していたペンネームだからである。

「1809年、ワシントン・アーヴィングが『ニューヨークの歴史』というニューヨークに住むオランダ人移民者についての本を著した。この時アーヴィングはオランダ系の名前であるディードリッヒ・ニッカボッカーというペンネームを用いた」(2)

作中では、冒頭に「故ディードリッヒ・ニッカボッカーの遺稿より」(P192)と記さてたり、あとがきとして「ニッカボッカーの手記より」(P240)とあることから、ワシントン・アーヴィングは自身を作品の中で殺してしまうという自作自演が読み取れ、彼のペンネームを知っている読者に対して笑いを誘う。それと同時に手記を残していたニッカーボッカーであるワシントン・アーヴィングこそが本当の語り手であることが分かる。これがディードリッヒ・ニッカボッカーにおける1つ目の解釈であり、ワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを誘う技法でもある。

そして2つ目はディードリッヒ・ニッカボッカーが単純に小説の語り手と言い切れないという解釈である。つまりディードリッヒ・ニッカボッカーはワシントン・アーヴィングが意識的に操る語り手であり、読者にユーモアを誘うもう1つの技法であるという解釈である。順を追って説明すると、先ずワシントン・アーヴィングのプロフィールから述べる。

「アーヴィングは1815年にヨーロッパへの旅に出た。1819年~1820年、彼は最も有名な作品『スリーピー・ホローの伝説』と『リップ・ヴァン・ウィ ンクル』を含む文集『スケッチ・ブック』を刊行した。ヨーロッパ滞在中、彼はアメリカのイギリス使節団のメンバーであったが、ひまな時に彼は大陸部へ旅行に出かけ、オランダやドイツの民間伝承を幅広く読んだ。『スケッチ・ブック』に収録されている物語はヨーロッパでアーヴィングが書き、ニューヨークにある出版社へ送られて、アメリカの雑誌に掲載された。」(3)

上述の注釈より、ワシントン・アーヴィングがオランダやドイツの民間伝承を読んだ(または聞いた)話をモデルに「スリーピー・ホローの伝説」を作りだした事実が判断できる。更に詳しく述べると「スリーピー・ホローの伝説」は「G・A・ビュルガーの『幽霊の首領』とJ・K・A・ムゼーウスが集成した『ドイツ民間童話』に含まれているポーランドとチェコスロヴァキアの国境に聳えるスデーティ産地の精を扱った「デューベザール伝説」による作品」(4)であると言われている。
またワシントン・アーヴィングはディードリッヒ・ニッカボッカー以外にも複数のペンネームを使用していた。以下は注釈(3)より掲載されているワシントン・アーヴィングのプロフィールから作成した、アーヴィングが使用したペンネームの流れである。

本名・ワシントン・アーヴィング
アメリカ独立確定の年に生まれたアーヴィングは独立革命の英雄、合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンにちなんでワシントン・アーヴィングと名づけられた。
                   ↓
最初のペンネーム
ジョナサン・オールドスタイル(Jonathan Oldstyle)
代表作・『ジョナサン・オールドスタイルの手紙』(Letters of Jonathan Oldstyle
                   ↓
ディードリッヒ・ニッカボッカー
代表作・『ニューヨークの歴史』(A History of New-York
                   ↓
ジェフリー・クレイヨン(Geoffrey Crayon)
代表作・『スケッチ・ブック』

上述した、ワシントン・アーヴィングが『ドイツ民間童話』に含まれている「デューベザール伝説」という話をモデルに「スリーピー・ホローの伝説」を作りだした事実と複数のペンネームを使用していた事実から、ディードリッヒ・ニッカボッカーが単純に小説の語り手だと断言できないという解釈が推測できる。何故ならワシントン・アーヴィングがオランダやドイツの民間伝承を読んだ(または聞いた)話をモデルに物語を作りだしたことから、「スリーピー・ホローの伝説」を作成するに当たり、作家としての独創性を強く発揮できない点で、ワシントン・アーヴィングが物語を記すに当たって語り手の存在に一層配慮したはずだと考えられるからである。
ワシントン・アーヴィングは「スリーピー・ホローの伝説」を記すに当たり、首無しの騎士の存在を如実のように語ったり、ゴシック的恐怖を否定する説明を、幻想を用いて包み隠したり、物語に登場する人物の人格を操るなど、読者に対して巧みに首無しの騎士の存在を幻想か否かのバランスを計っている。そのため読者はこの物語を半信半疑で読み進めてしまうので、最後には首無しの騎士が主人好イカバッド(Ichabod)の恋敵であるブロム(Brom)であったと語り手に騙され、笑みをこぼす。つまりこの物語において、語り手という存在はそれ程洗練や熟練が必要となる重要なものになると言え、ディードリッヒ・ニッカボッカーが単純に語り手と言い切れない解釈に繋がる。これがディードリッヒ・ニッカボッカーにおける2つ目の解釈であり、ワシントン・アーヴィングの読者にユーモアを与える技法である。

 総じて、入れ子構造の形式でストーリーが綴られている「スリーピー・ホローの伝説」はディードリッヒ・ニッカボッカーがワシントン・アーヴィングであるか否か、どちらの解釈が真にしろ、読者にユーモアを与えてくれる物語だと言える。




(1)ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957)以下、本作品からの文の引用はこの本からとし、本文中にページ番号を( )で表記する。

(2)Wikipedia(ニッカーボッカーズ)
《http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%BA》

(3)Wikipedia(ワシントン・アーヴィング)
《http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0》

(4)鏡味 国彦 齊藤 昇『英米文学への誘い』(文化書房博文社,2008)


参考文献
(1)ワシントン・アーヴィング(吉田甲子太郎,訳)『スケッチ・ブック』(新潮文庫,1957)
(2)http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=3501&pg=20031226
(3)鏡味 国彦 齊藤 昇『英米文学への誘い』(文化書房博文社,2008)
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by mewspap | 2010-10-13 16:54 | 2010年度ゼミ

進行状況(TSUMO)

引き続き、ワシントン・アーヴィング(Washington Irving)著の『スケッチ・ブック』(Sketchbook)という短編集に綴られている「スリーピーホロウ」(Sleepy Hollow)という作品について。

今回は「スリーピーホロウ」の著者自身であるアーヴィングのプロフィールと、前回に取り上げたディードリッヒ・ニッカボッカー(Diedrich Knickerbocker)というアーヴィングのペンネームについて、2つの観点から考察しました。先ずアーヴィングのプロフィールを調べると、アーヴィングはジョージ・ワシントンやムハンマドといった数多くの人物の伝記を書き下ろしていたことから、伝記作家としての顔も持っていた事実を知りました。またアーヴィングはディードリッヒ・ニッカボッカー以外にも複数のペンネームを使用していたことが分かりました。(以下はWikipediaに掲載されているアーヴィングのプロフィールから作成した、アーヴィングが使用したペンネームの流れ

本名・ワシントン・アーヴィング
アメリカ独立確定の年に生まれたアーヴィングは独立革命の英雄、合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンにちなんでワシントン・アーヴィングと名づけられた。
                   ↓
最初のペンネーム
ジョナサン・オールドスタイル(Jonathan Oldstyle)
代表作・『ジョナサン・オールドスタイルの手紙』(Letters of Jonathan Oldstyle
                   ↓
ディードリッヒ・ニッカボッカー
代表作・『ニューヨークの歴史』(A History of New-York
                   ↓
ジェフリー・クレイヨン(Geoffrey Crayon)
代表作・『スケッチ・ブック』

上述した、アーヴィングが伝記作家としての顔も持っていた事実と複数のペンネームを使用していた事実を知って、私は前回に論じた「ディードリッヒ・ニッカボッカー=過去のアーヴィング」という推測が誤っているのではないかと考えるようになりました。何故ならアーヴィングがオランダやドイツの民間伝承を読んだ(または聞いた)話をモデルに物語を作りだしたことから、作家としての独創性を強く発揮できない点で、アーヴィングが物語を記すに当たって語り手の存在に一層配慮したはずだと考えられるからです。アーヴィングはこの幻想的な物語を記すに当たり、首無しの騎士の存在を如実のように語ったり、合理的な説明を幻想を用いて包み隠したり、物語に登場する人物(語り手も含む)の人格を操るなど、読者に対して首無しの騎士の存在を幻想か否か、巧みにバランスを計ってストーリーを進行させています。そのため読者はこの物語を半信半疑で読み進めてしまうので、最後には首無しの騎士がイカバッド(Ichabod)の恋敵であるブロム(Brom)であったと語り手に騙されてしまいます。つまりこの物語において、語り手という存在はそれ程洗練や熟練が必要となる重要なものになると言えます。

前回、私はアーヴィングがオランダやドイツの民間伝承を読んだ(または聞いた)話をモデルに物語を作り、それをディードリッヒ・ニッカボッカーという語り手を用いて、過去に自分が体験した形跡に似せてこの物語を作成した、言い換えれば「スリーピーホロウ」はアーヴィングがエッセイの形式で書き下ろしたものではないかと論じました。しかし以上のように考察すると、「ディードリッヒ・ニッカボッカー=過去のアーヴィング」とは単純に言い切れません。本当はエッセイのような語り手こそが、読者を騙す巧妙な仕掛けだったのかもしれないからです。
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by mewspap | 2010-10-11 16:51 | 2010年度ゼミ

進行状況(TSUMO)

引き続き、ワシントン・アーヴィング(Washington Irving)著の『スケッチ・ブック』(Sketchbook)という短編集に綴られている「スリーピーホロウ」(Sleepy Hollow)という作品について。

今回はこの物語の冒頭に「故ディードリッヒ・ニッカボッカー(Diedrich Knickerbocker)の遺稿より」と記されているディードリッヒ・ニッカボッカーという人物について考察しました。電子辞書(大辞泉)で調べたところ、ニッカボッカーとは「ひざ下で裾口を絞ったゆったりした半ズボン。ゴルフ・登山などに用いる」意味だと分かりました。しかしこの段階だけではディードリッヒ・ニッカボッカーという人物と、この物語の関連が全く判明しなかったので、続いてインターネットで調べるとアーヴィングとの関係が分かりました。(以下はWikipediaより抜粋。

「1809年、ワシントン・アーヴィングが『ニューヨークの歴史』というニューヨークに住むオランダ人移民者についての本を著した。この時アーヴィングはオランダ系の名前であるディードリッヒ・ニッカボッカーというペンネームを用いた」

ディードリッヒ・ニッカボッカーという名前がアーヴィングの過去のペンネームだと判明したと同時に、物語の最後にD・Kと記されているイニシャルがディードリッヒ・ニッカボッカーであると気付きました。つまりアーヴィングはディードリッヒ・ニッカボッカーという架空の語り手(もしくは過去の自分)を用いて「スリーピーホロウ」を綴ったことが推測できます。この推測を裏付けるものとして、主人公であるイカバッド・クレーン(Ichabod Crane)が求愛するヒロイン、カトリーナ・ヴァン・タッセル(Katrina Van Tassel)に振られるシーンで、以下のような文が作品の中で綴られています。(以下は吉田甲子太郎訳の本文抜粋。

「あわれな先生に愛想よくしたのは、先生の恋敵を完全に征服するための単なる見せかけだったのか。これは神だけが知っているのであって、わたしにはわからない。」

この一文から、語り手であるディードリッヒ・ニッカボッカー(過去の自分)が、イカバッドが失恋するシーンを「わたしにはわからない」と述べるのは、本当の語り手であるアーヴィングが本当に分からかった(もしくは知りえなかったor 書く必要がなかった)からだと理解できます。これ以外にも「らしい」とか「だということだ」とか伝聞的な言い回しが作中に多いことを踏まえると、この物語は何かモデルがあって、アーヴィングはそれをディードリッヒ・ニッカボッカーというペンネームを用いて物語を完成させたのだと推測できます。

更にアーヴィングの歴史を調べると、この推測は決定的なものになりました。(以下はWikipediaより抜粋。

「アーヴィングは1815年にヨーロッパへの旅に出た。1819年~1820年、彼は最も有名な作品『スリーピーホロウの伝説』と『リップ・ヴァ ン・ウィンクル』を含む文集『スケッチ・ブック』を刊行した。ヨーロッパ滞在中、彼はアメリカのイギリス使節団のメンバーであったが、ひまな時に彼は大陸部へ旅行に出かけ、オランダやドイツの民間伝承を幅広く読んだ。『スケッチ・ブック』に収録されている物語はヨーロッパでアーヴィングが書き、ニューヨークにある出版社へ送られて、アメリカの雑誌に掲載された。」

アーヴィングがオランダやドイツの民間伝承を読んでいたということから、この物語のモデルが形成された道筋が以下の三点に絞られます。

①「首無しの騎士」という伝説、または北欧神話のデュラハン(首無しの騎士のモデルとなった妖怪)の存在をモデルに
②冒頭に記されている「倦怠の城」という伝説をモデルに(これは幾ら調べても現段階では分かりませんでした。
③①+②を混ぜ合わせてモデルに

アーヴィングはこの3つのモデルのどれかを着想として物語を書き下ろしたのではないでしょうか。以上のことから、アーヴィングはオランダやドイツの民間伝承を読んだ(または聞いた)話をモデルに物語を作り、それをディードリッヒ・ニッカボッカーという語り手を用いて、過去に自分が体験した形跡に似せてこの物語を作成したのだと分かりました。そのため冒頭にディードリッヒ・ニッカボッカーの遺稿と書かれていたのだと考えられます。
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by mewspap | 2010-10-08 09:06 | 2010年度ゼミ