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『扉を叩く人』と『セントアンナの奇跡』

火、水曜と二日間、朝から研究室にこもって春学期の成績評価に没頭していた。
何年か前から、学期末試験を主とした「結果評価」から、主としてe-Learningを用いた「プロセス評価」にシフトしたのだけど、学期末に積み上がったその「プロセス」を再読し素点を積み上げてゆく作業がほんとにたいへんなのである。

へとへとになって帰宅し、ベッドに横臥してTVをつけるとちょうど古館くんの報道ステーションが映り、ぼうっと見ていて気づいたら午前3時過ぎになっていた。
テレビの音がうるさいなあと目が覚めたのである。
いつの間にか/あっと言う間に熟睡していたようである。
TVのスイッチを切って再び奈落の底へ落ちてゆくような眠りに入りながら、そうだ今日は映画を見に行こうと思う。
たぶん、にんまり笑っていたと思う。

d0016644_21474949.jpgd0016644_2148414.jpgということで映画館をはしごして『扉を叩く人』と『セントアンナの奇跡』を見てきましたが、とにかく真夏の大阪は暑い。
この二つの映画は「暑かった」という印象と生涯結びついているであろう。
私はあまり汗をかかない体質なので、炎天下をてくてく歩いて映画館はしごはよけいしんどい気がする。
着替用のTシャツと映画見ているときの防寒用(!)のシャツをバッグに詰めて、ひーひー言いながらひたすら歩く。

『扉を叩く人』は原題をThe Visitorという。
不思議ですね。
主人公ウォルターは妻を亡くし、コネチカットで一人暮らしの孤独な大学教授で、教育も研究も情熱を失って久しい(ね、物語は「欠落」から始まるでしょ)。
ある日、ニューヨークにある別宅のアパートに行ったら、そこに不法入国者の若いカップルが暮らしていてびっくらこくというところから物語は動き出す。

何が不思議って、勝手に自分のアパートに住んでいる不法入国者のカップルが表題の人たちなら、タイトルは複数形でThe Visitorsになるはずでしょ。
タイトルが指さしているのは、だからこのカップルではないんですよ。さまざまに役割交換して、主として主人公が"the visitor"になるお話なのである。

『セントアンナの奇跡』の原題はMiracle at St. Annaである。直訳の邦題である。
この映画は(無数の)十字架で始まり、(無数の)十字架(と敬虔なる熱情に彩られた合唱)で終わる。
監督のスパイク・リーは、そんなに宗教的な(それもキリスト教という個別宗教の)人だったのだろうか。ど真ん中にChristianiyがあるのは分かるけど、そういう個別宗教性の「奇跡」が軸なのだろうか(少年が数々見せるような奇跡はそれとは違うのではないか)。

『扉を叩く人』で、東海岸の大学の経済学を専門とする老大学教授が、ニューヨークの地下鉄の駅で叩くジャンベという打楽器のミスマッチな組み合わせで物語は終わる。
「優しく叩く」よう教わったジャンベを、怒りの表現手段とする。
たいへん説得力のある終わり方である。

『セントアンナの奇跡』のエンディングは、観客はもう知っているのだから、そんな情緒的なBGMで説明的なメロドラマにする必要はないではないか。
皮肉屋のリアリストでエッジのきいたスパイク・リーという(ちょっと恐い)イメージを払拭できて、私としてはちょっとほっとした。
殺害された少年が現れ、生き残ったアンジェロに「よく見て憶えておいて。これが僕らの少年時代だったんだよ」と言う。そのモチーフが、物語の真ん真ん中にあるんだと思うんだけれど。
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by mewspap | 2009-08-13 22:14 | つれづれレヴュー

よしなしごとのつぶやき:チンギス・ハーンは牛干酪の夢を見るか

昨夕、食事をしたお店はモンゴルからの留学生がバイトしているとのことで、そのお土産ですと料理長がカウンター越しにモンゴル産チーズを皿に盛って差し出してくれた。

水分というか脂肪分が少なくてぱさぱさっという食感で、あっさりしていている。羊か山羊のチーズかなと思ったら、包装に書かれた(ちんぷんかんぷんの)中国語には「牛」の字が見える。
モンゴルには牛がいる(ということを初めて知った)。

チーズは中国語で干酪というらしいけど、「豆腐」という文字も読み取れる。
なんだかうまく腑に落ちない。

食べやすいことは食べやすいけど、ぬる燗の日本酒には合わないのはまちがいない。
「日本温酒共食不可」(テキトー)とは書かれていないが。

不思議なことに、食用法の説明書きのところで「食」の字がミラー文字のように左右反転している。印刷ミスなのだろうか。中国語で(あるいはモンゴルで)そのような表記をするのだろうか。謎である。

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by mewspap | 2009-08-07 09:53 | Mew's Pap

シネマのつぶやき:『ディア・ドクター』――中心にある空虚の屈託(その1)

d0016644_1748549.jpg『ディア・ドクター』
2009年日本
原作・監督・脚本:西川美和
出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、香川照之、八千草薫、井川遥、松重豊、岩松了、笹野高史、中村勘三郎
プロローグのインデックス――白衣をまとった村のうつけ者
物語は夜の農道をぶらぶらと自転車を走らせる男の後ろ姿で始まる。
自転車男に併走するのは、ボトルネック奏法を多用したブルース・ギターと、哀切と滑稽が相乗するブルース・ハーモニカによるBGM。

カメラは一気に引いて、ロング・ショットで田んぼの向こうにいる自転車男の不可解な動きを捉える。ふいに自転車をとめた男は道端から白衣を拾い上げるやそれを身にまとい、再び自転車にまたがってこいでゆく。
再度カメラは男の背後から接近し、ゆらりゆらりと走るその背を追いかける。

白衣の丸い背中。

それが笑福亭鶴瓶演じる主人公の伊野治医師かと思いきやさにあらず。ちょっと頭の足りない「村のうつけ者」*であることが判明する。

村唯一の医師である伊野が行方不明と聞いて診療所に駆けつけていた村人の一団に、白衣のうつけ者は行く手を遮られる。伊野医師のしるしをまとった彼は、よってたかって白衣を脱がされそうになる。

これが映画のプロローグとなる。

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by mewspap | 2009-08-02 17:52 | シネマのつぶやき

シネマのつぶやき:『ディア・ドクター』――中心にある空虚の屈託(その2)

都会のうつけ者、事故に遭う
原型的なよき物語には、主人公に寄り添って支える「補助者」役の人物が(ほとんどまちがいなく)登場する。
すでに触れたように、この映画でそのような役割を担うのは、大竹看護師と製薬会社の斎門である。

二人を特徴づけるのは、この地域で他に見られない特異な技能を有していること、そしてリアリストとしての性向である。

救急医療の現場で看護師を勤めた経験のある大竹が、専門的な技能を有していることは言うまでもない。
しがない営業担当の斎門は、さまざまな医療現場に関する知見と医薬品に関する知識を有するだけでなく、外部のネットワークを持っている。

そして二人ともリアリストである。

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by mewspap | 2009-08-02 17:51 | シネマのつぶやき