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3月31日の降雪

d0016644_14353373.jpgd0016644_14374066.jpg3月31日だぜ。
それはないよ。
薄く積もった雪を踏んで出校。

赤いポストも白帽をかぶる。
出校してみると2回生の履修登録がとんでもなことになっている。
事務室にご相談に伺うが、事務の方はたいへんお忙しく、じゃんじゃんかかる電話応対している。
その横で所在なげにポケッと待つ。

暇な奴だ、と思われただろうな。
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by mewspap | 2006-03-31 23:33 | Mew's Pap

シネマのつぶやき:『いいかげん馬鹿』――高度経済成長にトリックスターは何を見たか(Mew's Pap)

d0016644_17595168.jpg『いいかげん馬鹿』
1964年日本
配給 : 松竹
脚本:山田洋次、熊谷勲、大嶺俊順
監督:山田洋次
出演:ハナ肇、岩下志麻、花澤徳衛、桑山正一、松村達雄
幼いころにTVで偶然観た『馬鹿が戦車でやって来る』に横溢する不条理性と詩情性(なんて言葉は知らなかったが)に深く感銘を受け、爾来、この映画は私にとって映画的記憶における神話的な心象風景を形成している。

あの奇怪な映画はいったい何だったのだろうとずっと思っていたが、数年前に衛星放送で放映しているのを久しぶりに再見し、ふむふむやっぱりこれは今まで観たすべての映画のなかでベスト10に入ると確信する。

これは山田洋次監督の「馬鹿シリーズ」(本当にそういうシリーズ名なのである)のひとつで、『いいかげん馬鹿』と『馬鹿まるだし』という意表を衝くタイトルのものとともにトリロジーをなしているということを知った。

最近ツタヤに旧い日本の名作が大量に入ったので、まずは『いいかげん馬鹿』を借りる。

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by mewspap | 2006-03-28 17:59 | シネマのつぶやき

春の一日モバイル買ってラーメン喰って(Mew's Pap)

d0016644_20303485.jpg以前ご案内した、176号線沿いにある天下○品の三○スペシャル。「こってり」(左)と「あっさり」(右)を8の字型に分けたお鉢に分けて入れている。正門前通りにある天下○品の「こっさり」の原型である(私が媒介者)。

しかしこの形はいったい・・・(豚の鼻?)。
まったく関西人の考えることって。
というか日本人の考えることって。
いや人類の考えることって。

今週観た映画。
石田衣良原作の『4TEEN』(2003年日本)、『いいかげん馬鹿』(1964年日本)、『リング2』(2005年アメリカ)。

石田衣良原作の『4TEEN』は「子どもと老人の出会い」映画。
菅原文太が役不足という感が否めない。いや役所はとってもよいんですけど、シナリオと演出がなんかね。
少年は老人と出会わなければならない。そして少年は老人と別れなければならない。そうしなければ「物語」は始まらず、終わらない。
ということを再確認させてくれるんですけど。

『いいかげん馬鹿』はハナ肇が主役。時代的に高度経済成長の劈頭を舞台にしています。このころの「都会と田舎」の論理です。そして都会と現代性に蚕食されていく日本の田舎を描き、その中間に位置するトリックスターのコメディアンを中心に据えた。これは『男はつらいよ』だけでなく、『家族』『同胞』に連なる。いや、考えてみれば「中間者」というのは『たそがれ清兵衛』にも『隠し剣 鬼の爪』にも連なる山田洋次テーマなのでしょう。

『リング2』は、なるほどそうきたか。チャイルド・アビュース映画なんですね。
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by mewspap | 2006-03-27 20:34 | つれづれレヴュー

今宵も今宵も肝臓酷使(Mew's Pap)

卒業式翌日の春分の日は、吹田に新居を構えたcricketせんせんちでホームパーティ。
おいしい食事とおいしいお酒を堪能するに理由や根拠や引証や脚注など不要であるが、開催趣旨は新居ご披露とはちがったようである。
趣旨が那辺にあったかと言えば、パーティ・ホストの左手薬指あたりのきらめきにあったのである。

出張料理に来られたイタリアン・シェフがキッチンで腕を振るうのを後学のためにじっくり観察しようと思ったものの、そんな余裕はまったくない。
ワイン通のMFMせんの(大きな)背中をせっついて、居並ぶめちゃ旨高級ワインのボトルを次から次へと開栓してもらってごくごく飲む。

馬鹿話に興じ哄笑を上げ、夜も深更に至るまで近所迷惑な酒盛りは続くのであった。

明くる水曜日午前は専修の新2年次生となる学生さんたち向けのガイダンス・・・のはずが急遽用事ができてしまい欠席。
午前中はぱたぱたと忙しく過ごし、梅田の阪○そばでたぬきを半分だけかっ込んで(内臓やホルモンが美味であった)慌てて電車に飛び込み、2時のミーティングに滑り込む。

夕方から、退職される筒井先生と4月から着任される先生の歓送迎会が千里山の魚○で催され、例によって大量の蟹を食す。

筒井先生、40年にわたり本当にごくろうさまでした。
これからバックパックにモバイルPCを詰め込んで日本各地を旅して回られるそうである。
先生のPCにはシェイクスピアぜんぶに欽定訳聖書にOEDに・・・読むに値する書籍はすべて搭載されている。
あまり各地の"nature"を分け入って、充電用コンセントなきところまで行かれるのではないか、そのことのみが懸念されるのでした。
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by mewspap | 2006-03-23 17:06 | Mew's Pap

3月20日卒業式(Mew's Pap)

記念撮影
d0016644_8342756.jpgおめでと。
真ん中でちょっとかしいでいるのが私。
年に一度しか着ないスーツ姿は極めて希少価値の高いレアものであると言わなければならない(だってスーツとかネクタイって嫌いなんだもん)。


カメラマンに徹することができなかった一日
d0016644_11224143.jpgd0016644_11225654.jpgd0016644_1123944.jpg午後の卒業証書授与式に出席。
英文のホームページに掲載する写真を撮るべくカメラマンに徹するつもりが、書類と卒論渡しと名前の読み上げでほとんど撮れず。
ふたを開けてみたら、式の写真はわずかで、Yuさんのピース写真を含め開始前の試し撮りに撮ったものばかり。

あれれ。

終了後、中国行きスローボートに急いで乗らなければならないEriさんを除き、みんなで上の記念写真。
そう言えば、今年度は全員が入った写真というのが結局1枚もない。

午後はH井先生やI坂先生らと早くも来年度のカリキュラムについて詰めの話し合い。
夕方からH井先生、H川先生、S本先生とともに2部の卒業証書授与式。
続いて学内で開催される2部のパーティ会場へ。予定より時間が押している。
文学部長のご挨拶と学長の乾杯音頭をカメラにおさめ、歓談風景をそそくさと撮影したあと、焼きそばと唐揚げに未練を残しつつ飲まず食わずで今度は1部のパーティ会場の梅田に向かう。

d0016644_1126530.jpgd0016644_11262377.jpg到着したのは終了15分前。しんとした会場で、退職される筒井先生がスピーチされているところに場違いな参入。
とにかく写真を撮らねばとうろうろしていると壇上に登れとしきりにMCに促される。
なんかよく状況がわかんないなあと思っていると、ゼミ生からでっかい花束贈呈で意表を衝かれてびっくり。うう。と思わず泣きそうになる(なってない?)。

筒井先生の送別会を兼ねたパーティで、ちょうど先生による締めの言葉だったのに、場を乱してしまった。ごめんなさい。

それからパーティ終了までのわずかな時間にようやくビールをグラスに2杯流し込む。
会費1万円なので、1杯5千円のビールである。とほほ。

d0016644_11283398.jpgでっかい花束を持ってJRでの帰途。
混雑した駅構内を花束を死守しつつ人並みをかき分けて歩く。
行き交う人々がでかいお花にぎょっとしたような表情を見せる。おそらく哀れ僻地へと転勤となったお別れ会帰りのサラリーマンと思われたのであろう(まさか大学の卒業生には見えないし)。
ようやく乗った特急の荷台にお花を安置して眠りこける。ぐー。ああ、疲れた。

実は私は「儀式」というものがたいへん嫌いである。
卒業式やパーティはみなさんに敬意を表して参加するが(それもお仕事のうちである)、ほんとはとっても儀式嫌いなんです。
したがって毎年言っていることだけど、けっして私を結婚式などに呼ばぬように。
葬式に呼ぶのも禁止である(だから私より先に死なないように)。

帰宅後さっそくお花を生ける。
ゴージャスである。

Chiaki大江さん、Hiroko大森さん、PRSuser沖田くん、Shin武田くん、Eri木村さん、M2三浦さん、Yu森川さん、Yuji山崎くん、Asuka渡辺さん、Lin陸さん、どうかみなさんの未来に幸福の種がごろごろ転がっていますように(その種をはぐくみ開花させるのは自分自身の役割である)。
d0016644_11343460.jpg
も一度みなさんおめでとう。
ありがとう。
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by mewspap | 2006-03-20 23:35 | 2005年度ゼミ

シネマのつぶやき:ケネス・ブラナーの『フランケンシュタイン』――「ファザコン」のクリーチャー

d0016644_8221717.jpg『フランケンシュタイン』MARY SHELLEY'S FRANKENSTEIN
1994年アメリカ
製作:フランシス・F・コッポラ、ジェームズ・V・ハート、ジョン ビーチ
監督:ケネス・ブラナー
出演者:ロバート・デ・ニーロ、ケネス・ブラナー、ヘレナ・ボナム・カーター、トム・ハルス
フランシス・F・コッポラが製作に加わっているけど、どうしてコッポラ監督はこんなに「ホラー好き」なんだろう。

『ドラキュラ』では監督、そして『スリーピー・ホロウ』も『ジーパーズ・クリーパーズ』(@「シネつぶ」その44)もその続編の『ヒューマン・キャッチャー』も製作に名を連ねている。
もしかしたら、『ゴッド・ファーザー』も『地獄の黙示録』も「ホラー映画」として読めるのかもしれない。

以前にボリス・カーロフ主演の1934年版クラシック『フランケンシュタイン』について触れましたが(@シネつぶブログ2005-06-28)、60年のときを隔ててこれはロバート・デ・ニーロがクリーチャー役の『フランケンシュタイン』。

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by mewspap | 2006-03-20 08:28 | シネマのつぶやき

雨の土曜日(Mew's Pap)

雨の土曜というのは子どもらには哀れである(お外で遊べないしお出かけは鬱陶しいし)。
かくのごとく天には逆らえないということを学習してゆくのであろう。

数年前に卒業した元ゼミ生「ヒッキー」からメールで、大学院入試に合格したので今春から通学するとある。
めでたいことである。
在学時から専門とは無関係のさまざまな科目(第三外国語とか)を履修し、今年度も科目等履修生としていくつか授業(国文学とか)をとって通ってきていた。趣味は授業の履修、という感じであったが、来年度からはまた正規の学生となる。
よかったね。

現在昨年度ゼミ生のA松くんが修士一年次として在籍しており、すでに今年度ゼミのShinちゃんも進学が決まっている。
今般のヒッキー参入により、元ゼミ生の在籍は都合3名となる。

大学院がよろしく元ゼミ生の「吹き溜まり」となることを祈る。
私はこれまで大学院進学を勧奨したことはただの一度もないが(能力や適正のみならず経済と将来にかかわることなので自分で考えるべきだと思う)、来年度はかかる方針をあらため「吹き溜まり」を将来的にも堅持せんがためにリクルート活動に邁進しようかと思う今日この頃である。

たぶん、すぐに忘れるだろうけど。
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by mewspap | 2006-03-18 15:21 | Mew's Pap

つれづれレヴュー:『NANA』について書くべきことはもうこれ以上(たぶん)ない(Mew's Pap)

映画版の続編が制作されるとは聞いたけれど、今度はアニメ版がTV放映されると新聞にあった。たぶん観ないだろうけど(早寝早起きなので)。

と思っていたら、本屋に第15巻が平積みになっていたのでさっそく購入。
お昼ご飯食べたあと炬燵に寝転がって読み始める。

相変わらず練られたシナリオで、複雑なプロット作りに巧手を見せますね(よく頭こんがらからないな)。
矢沢あいはまず何よりも練達のシナリオ・ライターと呼ぶべきであろう。

以前書いたように(@「つれづれレヴュー」2005-08-11、「よしなしごとのつぶやき」2005-08-13、「つれづれレヴュー」2005-08-14)、この物語の最大の特徴は、「未来の記憶」という趣向の内的独白によって、すでに「過去」となっている「物語の現在」が、未来の視点から遡及的に語られつつ展開するところにある。

それが第12巻の冒頭でいきなりその「未来の記憶」が語り起こされる未来のエピソードへとフラッシュ・フォワードし、すでに6歳になっている娘の皐を連れた奈々が、「今ここ」にいない不在のナナに思いを馳せつつ「共時的」な時間枠で語る一話が描かれている。

真夏の昼下がり。蝉の声が止まない川縁の一本道。下駄を鳴らす音。浴衣姿の奈々が日傘を差して歩いてゆく。
蝶々を捕まえようと道端にしゃがみ込んだ幼い娘の皐を振り返る。

絵に描いたような懐かしい日本的情緒である(絵に描いているんだけど)。
浴衣にお下げの幼い皐が、奈々の呼びかけに振り向いたときに、これまでの物語は終わったのかもしれない。
日本的情緒と結託した子ども時代の風景という「懐かしい未来」の図像が提示されたとき、「未来の記憶」の結構は終わる。
「未来の記憶」という形式で語られる奈々とナナの「現在」は、「懐かしい未来」の風景と幼子が表象する「未来」によって、否応なく「過去」へと括り込まれる。

残されたのは、このような「懐かしい未来」を招来する出来事の発端がなんだったのかというサスペンスのみだろう。
いかにしてこのような未来を呼び寄せることになったのか。皐の父親は誰であり、ナナの出奔理由が何なのか、という月並みな謎をめぐるサスペンスのみが残される。

もうひとつ挙げるとすれば、この「懐かしい未来」と地続きとなる「未来の向こう」への素朴な物語関心だろう。ゆくゆくナナが再登場してさらに「新しい」物語が駆動されるのか否かという。

第12巻で「懐かしい未来」へ突然ジャンプしたあと再び「物語の現在」に戻ったストーリーは、以後、新たな登場人物とエピソードに彩られながらも、時間の経過速度が著しく低下した印象を与え、ゆっくりと、冗長に、破局という「懐かしい未来」の端緒へと不可逆的に語られていくだけである。

第15巻最初の第54話には、「未来の記憶」と類比的な次のような語りが挿入されている。
ねえナナ
離れていてもあたしの中にはいつもナナがいるよ
強くて真っ直ぐな瞳をしたナナが
あたしを励ましてくれる歌声が聴こえるの
ねえナナにはあたしの声が聞こえる?
しかし、これはもはや時間的差異に基づく「未来の記憶」の語りではなく、奈々は空間的・社会的な距離を隔てたナナに語りかけているにすぎないのである。
それは各章の冒頭にリードとして置かれた定型的な語りと変わるところはない。
たとえば第15巻最終章の第57話には、冒頭に次のような語りがある。
ナナとレンが暮らす為に用意されたマンションは
家から電車で一駅で車なら10分で
タクミ曰く「すげー近所」にあるらしかった
確かに近いけど
それはあたしがナナに対して感じる距離と何か似ていた
この「距離」は、「未来の記憶」が二度と回復し得ないと語り続ける距離感とはまったく異なる。

ところがこの第57話の末尾、つまり第15巻の巻末は、いささか風変わりな終わり方を見せる。
ねえ ナナ
もしもナナの消息が暴かれたら
ナナがまた傷つくのは目に見えている
だからあたしはもう探さないよ
言うまでもなくこれは「未来の記憶」による語りである。
だが第15巻はこの定型で締め括られることはない。
黒のベタ塗りを背景に、打ち上げられた花火が散る寸前のような頼りない白抜きの円が描かれた1ページを挟んで、小さなエピソードが描かれる(たぶんこの箇所は描き下ろし)。
それは第12巻のフラッシュ・フォワードに続く二度目の「未来」エピソードであり、買い物帰りの奈々を、6歳の皐が、続いてタクミが、玄関先で出迎える短いシーンである。

この未来のある日、「未来の記憶」ではない同じ地平の時間枠のなかで、奈々はナナに語りかける。
ずっと待ってる
ナナが再び立ち上がる日まで
実のところこれは、第57話の末尾にある「未来の記憶」語り(「・・・だからあたしはもう探さないよ」)に直接続くものなのである。
ということが最初わからなかった(4ページも前の語りにしらっと続けるなんて、まったく女性漫画の文法は底が知れない)。

興味深いのは、この小エピソードにおける「未来のある時点」での語りが、第57話の末尾に事後的かつ遡及的に「介入」している印象を与える点である。

提示順序は、「物語の現在」におけるエピソードがあり、そのエピソード末尾にかぶる「未来の記憶」語りがあり、6年後の未来における小エピソードがあり、そしてその未来の時点において共時的に語る「ずっと待っている」という言葉がある、ということになる。

ところが、実際に与える印象は、未来時点での小エピソードとその末尾の語りがあって、それが「未来の記憶」という形式にこと寄せつつ第57話末尾へと遡及的に介入してゆく、というものなのである。

それは他でもなく4ページにわたる語りの「言い淀み」の効果なのではないか。4ページわたって「断絶」した語りが、物語的に「空白」として不在を顕現して止まない6年の歳月を、アクロバティックに架橋してみせるのである。

読者は因果関係を奇妙に再編し、未来から過去へと時間軸を逆転させて、そこに「未来の記憶」の「物語現在」への介入を読み取る。

言い淀み、途切れた語りは読者を宙づり状態に置く。読者は間隙が埋められるのを待つことを強いられる。
短い未来エピソードに伏流しているのは他でもなく「待つこと」である。
母親の奈々の帰りを待つ皐、相変わらず忙しく国の内外を飛び回っているのであろう待ち人タクミを久しぶりに迎える奈々。
そこに「物語未来」における「ずっと待ってる。ナナが再び立ち上がる日まで」という語りが重なるのである。
(そして第15巻の巻末に挿入されたカットは、第12巻の未来エピソード末尾にあるのと同じ、707号室の机上の苺グラスを前景に窓の外の打ち上げ花火を捉えた図像。)

かくのごとく矢沢あいは事態をサスペンドして「待たせる人」である。

しかし、第12巻で提供された素朴サスペンスのひとつ「皐のパパは誰?」はここであっさり解消される。
あら、やっぱり皐はタクミの子だったのだね。
というか別に謎としてサスペンスをもたらす意図など端からなかったようだ。

もうひとつ、いかにして破局をたぐり寄せて「未来の記憶」へと事態を投げ込むのかという素朴サスペンスも、すでに「謎の解明」に向けたファクターが布置されていますね。
矢沢あいはけれんたっぷりの手練れのプロット・ライターであり、数々の伏線を立ち上げている。

ジャンキーとなりつつあるレン、ナナを捨てた母親の登場、ナナを実の姉と知らずバンドの追っかけをする妹、実はナナの妹の名を騙っていた美里、イエロー・ジャーナリズムの策謀、というふうに駒は出揃ってナナの行方不明と「未来の記憶」に向けた布陣は完了しているようである。

もう『NANA』について語るべきことはほとんどない。
予想を裏切ってくれると嬉しいんだけど。
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by mewspap | 2006-03-18 10:05 | つれづれレヴュー

シネマのつぶやき:『世界で一番パパが好き』――「父娘」物語のかたちを借りた「父子」説話(Mew's Pap)

d0016644_10324387.jpg『世界で一番パパが好き』JERSEY GIRL
2004年アメリカ
監督・脚本 : ケヴィン・スミス
出演:ベン・アフレック、ラクエル・カストロ、リヴ・タイラー、ジェニファー・ロペス、マット・デイモン、ジェイソン・ビッグス
「アメリカン・ドリーム」のチャンスとサクセスの国で「成功」の意味を問う、というクラシックな話型。

ほんといいですよね、こういいうお話。

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by mewspap | 2006-03-17 10:35 | シネマのつぶやき

シネマのつぶやき:『メゾン・ド・ヒミコ』は父娘話型と一線を画する(Mew's Pap)

d0016644_17181072.jpg『メゾン・ド・ヒミコ』
2005年日本
監督:犬童一心
音楽:細野晴臣
出演:オダギリジョー、柴咲コウ、田中泯、西島秀俊、歌沢寅右衛門、青山吉良、柳澤愼一、井上博一、森山潤久、洋ちゃん
すばらしい。
私の饒舌法に基づく多弁なおしゃべりなど用をなさず、口をふさがれたようで言葉が出ない。
脚本と役者がすばらしい。
描かれる世界観がすばらしい。

すばらしいなどという形容詞をいくら重ねても批評性はその相貌を表すことはないが、別に批評しているわけではないのでいいのである。

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by mewspap | 2006-03-15 17:21 | シネマのつぶやき