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シネつぶ:『ステップフォード・ワイフ』(Mew's Pap)

d0016644_1542111.jpg『ステップフォード・ワイフ』THE STEPFORD WIVES
2004年アメリカ
監督:フランク・オズ
原作:アイラ・レヴィン
出演:ニコール・キッドマン、マシュー・ブロデリック、ベット・ミドラー、クリストファー・ウォーケン、フェイス・ヒル、グレン・クローズ、ロジャー・バート
監督のフランク・オズはヨーダの声の方ですね。

Yes, the role of Yoda, Frank Oz plays. Yoda's voice, he plays actually.

『スコア』(@「シネつぶ」その19)でも監督さんでした。
フランク・オズというのはなんか既視感のある名前だ。
フランク・ボームの『オズの魔法使い』のせいでしょう。

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by mewspap | 2005-07-31 15:43 | シネマのつぶやき

Zorroについての調査結果 (LIN)

Mark of Zorro (1940)
ルーベンス・マムーリアン監督の作品。   原作:ジョンストン・マッカレー
 スペイン領のカリフォルニアを舞台に、黒いソンブレロに黒いマスク、駿馬を駆って飛び回る覆面騎士・ゾロを描いた冒険活劇「怪傑ゾロ」をパッケージ化した作品。

Zorro, the Gay Blade (1981)
Hal Dresnerのストーリーを映画化にしたPeter Medak監督の作品。
 時は1840年。植民地カルフォルニアのロサンゼルス総督を務める名領主だった父の急死で、従者パコを連れて帰国したドン・ディエゴは、父が統治していた頃は楽園だったその地が、過酷な税の取り立てや残酷な刑罰などで変わり果てた姿を見て愕然とする。彼はそこで父がかつて“ゾロ”だったことを知り、父に代わって総督兼裁判官兼軍隊の総指揮に就任している彼の幼なじみエステバンに、戦いを挑もうと闘志を燃やすが……。あの“怪傑ゾロ”をモチーフとしたコメディ作品ではあるが、コメディ映画でもある。

Mask of Zorro (1998)
監督:マーティン・キャンベル
悪徳政治家に立ち向かうゾロの活躍を描いた、マーティン・キャンベル監督による痛快剣劇アクション。

上記リストの中で、Mask of Zorroだけ見た。他にもゾロについての作品を見たが、映画ではなくTV劇と思う。やはり、1940年と1981年の作品も見てみたい。機会があれば、見るつもり。ちなみに、「ゾロ」はスペイン語で「狐」という意味。コミックの「怪傑ゾロリ」が狐なのも、ちゃんと理由があったね。
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by mewspap | 2005-07-31 00:53 | 2005年度ゼミ

シネつぶ:『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』――ばらばらと師弟関係の失敗(Mew's Pap)

d0016644_15302851.gif『スター・ウォーズ エピソード 3/シスの復讐』STAR WARS:EPISODE III -REVENGE OF THE SITH
2005年アメリカ
監督:ジョージ・ルーカス
出演:ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマン、ヘイデン・クリステンセン、クリストファー・リー、サミュエル・L・ジャクソン、フランク・オズ、アンソニー・ダニエルズ、ケニー・ベイカー、ピーター・メオヒュー
そうだ、これは「戦争映画」だったんだ。

ということをオープンニングの激しい戦闘シーンを観てあらためて思う。

戦闘艇に乗り込んだアナキン・スカイウォーカーとその師匠のオビ=ワン・ケノービは、敵の戦闘艇をどんどん撃墜してゆく。

猛スピードで追撃し、粉砕された戦闘艇は四散し、宇宙の藻くずと化す。

あるいはオビ=ワンの戦闘艇に蟹のお化けのような破壊用ドロイドが張り付いて、ばきばきと装甲を引き剥がして内部を破壊してゆく。

ひとつの町のような人口を抱えた巨大母船も破壊され、わらわらと人間が「落下」してゆく。

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by mewspap | 2005-07-30 15:35 | シネマのつぶやき

ゾロのオリジナルが日本ですって?(Mew's Pap)

そんなはずはない。

もう少し調べてみるように。

原ゆたか『かいけつゾロリ』はときどき読まされるけど(アニメ版も、しくしく)。
あれもコピーのコピーのコピーの・・・である。
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by mewspap | 2005-07-30 15:29 | Mew's Pap

“The Mask of Zorro”について (LIN)

 この前SHINさんからの情報で、もう一回調べた。たしかに、日本の「怪傑ゾロ」のリメイク版だった。ということで、「The Mask of Zorro」は使えなくなった。だから、"Batman Begins", "Dare Devil"と"Spiderman" の三作でヒーローの誕生について書くつもり。
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by mewspap | 2005-07-29 02:31 | 2005年度ゼミ

研究ノート6(shin)

いろいろなことがあり過ぎて、言い訳も面倒なのでよす。ヘミングウェイ短編作品説明の続き。


「海の変化」”The Sea Change”――大久保康雄訳

主な登場人物
男(フィル):女と問答している
女:なんらかの事情で男から離れてある女の元へはしろうとしている。
ジェイムズ:バーテンダー
二人組みの客:どちらも男

舞台:パリのカフェ

荒筋:ある夏の終わり。パリのカフェに一組の男女がいて言い合いをしている。そんなに遅くない時刻なので、客は彼らしかいない。女は男のもとから去り、ある女のところへいこうとしている。男は女に、他の手は無かったのか、と言うが女は無かった、という。男は女が男を愛していることを分かっており、それが更に事態を困ったものにしていると言う。
客が二人、カフェに来てカウンターへ行く。
更に押し問答が続き、とうとう男は女に「じゃ、やってみるんだな」と言う。その台詞を言った瞬間、男は自分のなにかが異様に変わったことに気付く。なおも女に「すぐ行けよ」と言い、そう言った後の男は以前と別人のようになる。女は出て行く。
男はテーブルからカウンターへいきジェイムズに、自分は別人になった、と言う。そして鏡を覗き、男はそれがうそではないことを知る。ジェイムズは男に「すばらしい夏をお過ごしになったんでしょう?」と言う。


感想:男と女のあいだにある事情は不明だが、男の方に焦点を当てて考えてみると、子の作品はまさしく「海の変化」と言えるものになる。この話しで気になる存在は、男と女が話し合いをしている最中にカフェにやってくる二人組みの男たちである。女に去られた男は、女に去られたことによって「大人の男」の仲間入りを果たし、「テーブル」から「カウンター」(男たちの世界の証ではないか)へと移動するのである。男はそこでジェイムズ(バーテンダー=二つの世界の仲介者)に話しかける。二人の客は男のために席を空けてやるが、なれなれしく話しかけたりはしない。このあたりがヘミングウェイの好む男の世界の流儀なのではないか。


「スイス礼賛」”Homage to Switzerland”――大久保康雄訳

主な登場人物
第一部
ホィーラー氏:三部(三パターン)構成の第一部の主人公
女給

第二部
ジョンソン氏:第二部の主人公。35歳。もっともヘミングウェイの姿に近い(作家で、離婚が決まったばかりであるところが)
女給
赤帽:駅員。三人いるが一人目がメイン。

第三部
ハリス氏:教養を見せびらかしたがる俗物。(父は前年ピストル自殺した!)
老紳士(シギスムント・ワイヤー):理学博士。U・S・AワシントンD・C・国立地理学協会員

舞台:スイス。(モントルー、ヴィヴェイ、テリテット)駅のカフェ 

第一部の荒筋:モントルー駅のカフェ。ホイーラー氏はシンプロン・オリエント急行が一時間遅れることを知らされる。ホイーラー氏はコーヒーを持ってきてくれた女給に、二階の部屋で寝ないか、と誘う。いやがる女給を更にからかい、寝る代金をどんどん吊り上げるホイーラー氏。そのうち汽車が到着し、氏はプラットホ―ムにむかう。女給はホイーラー氏を見送りながら、アメリカ人は何を考えているのか、と思う(ホイーラー氏が300フランもの金を寝る代金として出す、と言ったことと、その駅には寝る場所など無かったことで)。
ホイーラー氏は、金のかからない遊びができた、と思っていた。ホイーラー氏は以前にもこの駅にきたことがあり、二階なぞないことをしっていたのである。

第二部の荒筋:ヴィヴェイ駅(あるいは三部とも同一の駅?)のカフェ。ジョンソン氏はシンプロン・オリエント急行が一時間遅れることを知らされる。ジョンソン氏はコーヒーを持って来てくれた女給を遊びに誘う。断られたジョンソン氏は、女給に軽くわいせつなジョークを飛ばす。それからワインのリストを持ってこさせて近くにいた赤帽たちにも酒を振舞う(一番高い「スポーツマン」というシャンパンを二本。一本11フラン)。
何かめでたい日なのか、と尋ねる赤帽に、ジョンソン氏は、女房が離婚する決心をしたんだ、と応える。それから離婚についての話を幾らかして、ジョンソン氏は駅の外に散歩に出る。カフェの窓を振り返って見ると、女給が手付かずのシャンパンのビンを引き上げているのが見える。あれの分の金をあとで分けるのだろう、とジョンソン氏は思う。離婚の話をすれば気がまぎれるだろうとジョンソン氏は思ったが、ちっともまぎれず、むしろ不愉快になったのだった。


第三部の荒筋:テリテット駅のカフェ。ハリス氏はシンプロン・オリエント急行が一時間遅れることを知らされる。コーヒーを持ってきてくれた女給にハリス氏は話しかけ、薀蓄を垂れるが、女給はつれない。ハリス氏が座っている席に、カフェにい合わせた老紳士がやってくる。老紳士はハリス氏に、あなたは国立地理学協会の会員ではないか、と尋ねる。はじめのうち、ハリス氏は否定しないが、ぼろが出そうになると、自分は違うが父が会員である、と答える。そこから二人は話しを続け、ハリス氏は老紳士の話しにかなりいいかげんな知識で応える。アメリカに行ったらハリス氏の父親にぜひ会いたい、という老紳士にハリス氏は、父は昨年ピストル自殺をした、と言う。ハリス氏は老紳士に名刺を渡す。そして、老紳士がハリス氏に渡してくれた名刺には、「理学博士 シギスムント・ワイヤー
U・S・AワシントンD・C・国立地理学協会会員」と書いてあった。
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by mewspap | 2005-07-25 03:29

Linさんへ(Shin)

The Mask Of Zorroって、確か日本の『怪傑ゾロ』の、外国のリメーク版じゃありませんでしたっけ?僕は映画はほとんど見ないし確証はないんですが、そうだった気がするんですが。
餓鬼のころから、『怪傑ゾロ』というネーミングセンスが好きだった僕は(作品自体は見たことありませんが)、その名前をよく覚えていて、何年か前のTVのCFで「アメリカで『ゾロ』が生まれ変わる」というものが流れたのに反応した覚えがあるんです。
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by mewspap | 2005-07-25 02:37

研究ノート6 (LIN)

 研究ノート5を投稿するときに、まだ分かっていなかった映画の題名を調べました。「デビルマン」ではなく、「デアデビル」だった。
 まだ全部の映画を見直してないし、「Batman Begins」も一回しか見てないので、印象に残っているシーンを出来るだけ思い出してみた。それで、次のような共通点を見つけた。(下文では、「Batman Begins」をB作と、「Spider-man」をS作と、「The Mask Of Zorro」をM作と、「Dare Devil」をD作と省略する)
 S作とB作とM作では、主人公たちがヒーローになる前に行った過ちや間違った考え方を持っていたシーンがある。そして、S作とB作とD作では、主人公たちのせいで愛する者を失ったのを描いた。さらに、S作とB作とM作では、ヒーローになった主人公たちが過酷な選択をしなければならないシーンがあった。次は、この4作共に、主人公は復讐のためから正義のために戦うのチェンジがある。そのチェンジもヒーローになれた要素である。最後、S作とB作では、ヒーローである主人公と彼らの敵との間に複雑な関係で繋がっている。
 今日はS作を一回見直したが、そのなかでkey sentenceみたいなセリフがあるけど、他の3作にもあるかどうかをまた調べようとするつもり。そういえば、S作とB作とM作では、ヒーローになるための指導者がいった。その指導者たちは、またヒーローたちの支持者でもあった。このkey sentenceは、最初この指導者たちから頂いた言葉で、後にヒーローたちのmottoみたいなものになる。もちろん、そのことばは、観客である私たちへのメッセージでもある。
 今は、一つまだ分からないことがある。S作とB作とD作は、それぞれ漫画が出版されて、しかも人気だったが、M作はどうだろう。M作の漫画もあるかしら?もしあれば、漫画と映画、どっちが先だったのかしら?それについては、また調べよう。
 レンタルビデオ屋さんでは、できるだけDVDをレンタルして、家でビデオにダビングしようとするが、B作のDVDがいつ出るか分からないので、見直すことができない。ちょっと困った。中国で海賊版のも買おうかな?ちょっと申し訳ない気がする。(^ー^;)
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by mewspap | 2005-07-21 04:35 | 2005年度ゼミ

研究ノート5: THE BIRTH OF A SUPER HERO (LIN)

 やっと全ての試験が終った。これから、全力で卒論のために尽くす。2週間前に発表したモノがまたダメになったため、新たなテーマを作った。一体いつまでテーマを変え続くか分からないが、これで最後になれるように祈る。(-/.\-)
 今度は映画におけるヒーローの誕生について書こうと思っている。映画"Batman Begin"、 "Spiderman"、 "The Mask Of Zorro" and 「デビルマン(?)」を通して論じるつもり。 先ず、映画ヒーローの意味、定義、歴史から入って、映画ヒーローの必要性、漫画ヒーローから映画ヒーローへの道、子供にの人気から大人へとの変化まで、ヒーローについて描き始める。そして、この4作からヒーローについて詳しく述べる。ヒーローの犠牲、あるいは自分の愛する人を失うことで、精神的に成長する。そして、ヒーローのマスクあるいは変身スーツによって、キャラクターを変え、普通の人間である一面を隠し、素晴らしい演出とトリックでスーパー・ヒーローである一面を人々に見せる。次は戦い。自分自身との戦い、敵との戦い、人々の評価との戦いなどを通して、ヒーローが成長する。最後はシンボル。シンボルの選び方やそのシンボルによる人々への精神的な影響の出来上がりとその影響の長続き。
 今回のテーマはどうでしょう?パスできるかしら?...不安!!!!
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by mewspap | 2005-07-20 03:45 | 2005年度ゼミ

研究ノート5(shin)

『勝者には何もやるな』 WINNER TAKE NOTHING――谷口陸男訳
序文
他のあらゆる争いや戦いと違って前提条件となるのは、勝者に何ものをも与えぬこと――その者にくつろぎもよろこびも、また栄光の思いをも与えず、さらに、断然足る勝利を収めた場合も、勝者の内心にいかなる報償をも存在せしめないこと――である。

アーチボルド・マクリーシュに


「清潔な明るい店」”A Clean,Well-Lighted Place”――大久保康雄訳

主な登場人物
年下の給仕:眠たくて早くカフェから家に帰りたがっている
年上の給仕:帰りを急いでいない。カフェに居座る老人に同情的
老人:カフェに居座りながらブランデーをながながと飲んでいる。耳が聞こえない

舞台 スペイン。清潔な照明の明るいカフェ

荒筋: 夜もふけてカフェには老人以外の客がいない。老人は夜遅くまでカフェに座っているのが好きで、ブランデーを飲みつづけている。年上の給仕はもう一人の給仕に、老人が先週自殺をしようとしたことを教える。老人は金持ちだが、自棄になったのだ。老人は更にブランデーをお代わりし、年下の給仕はうんざりする。年下の給仕は、女房もいるのだから早く帰りたい、と言う。年上の給仕は老人に同情的なので年下の給仕をなだめる。
老人がもう一度お代わりをしようとしたので、年下の給仕は我慢できなくなりそれを断る。
早く帰ろうとする年下の給仕に、年上の給仕は、俺には若さも自信も無く仕事しかない、夜遅くまでカフェに粘っていたい型の人間なんだ、と言う。
年上の給仕は年下の給仕と別れて、自分が抱えている虚無のことに思いをはせながら、しまいにはしゃれのめす。そしてバーに行って「無(ナダ)」を注文する。結局はコーヒーを飲んで、彼は自分が不眠症にかかっているだけなのだ、と思うことにする。


感想 都会にいる人間に共通するある感覚を見事に表現している作品であると思う。まえから好きな作品。後半部に出てくるナダの解釈は、まったくヘミングウェイのドライな思想を表しているとしか思えない。


「世の光」”The Light of the World” ――大久保康雄訳

主な登場人物
ぼく:無頼な青年
トム:ぼくの友人。これまた無頼
バーテンダー:いけ好かない男
男:駅の待合室にいた
コック:文句垂れで、手にレモンジュースをぬり、そのせいで手が真っ白である
アリス:とても声の良い、大柄な売春婦
髪を染めた女:自分は亡くなったスティ―ヴ・ケッチェル(有名ボクサー)の恋人だったと主張する。

舞台 アメリカ(詳細は不明)

荒筋: 「ぼく」とトムはある町に流れて来る。そこで入ったバーでは、バーテンダーが二人を与太者のようにあつかう。そこで「ぼく」が五十セントをカウンターに置くと、たちまち態度を変える。トムはそれに腹を立て、おつまみの豚足を床に吐き出す。バーテンダーは二人に出て行けと言うが、「ぼく」は「出るといったのは、おれだぜ」と捨て台詞をはいて、トムと外へ出る。
町の駅にむかうことにした二人。駅の待合室に入ると、そこには汽車を待つ売春婦が五人と、白人が六人、インディアンが四人いる。ある男が「ぼく」に、コックに文句をつけたことがあるか、と訊き、そこにいたやたらと手のきれいなコックのことをネタにする。それを聞きながらアリスが笑う。アリスたちは250ポンド(百キロ)を楽に越える体の大きさである。コックが級に「ぼく」に話しかけてくる。年はいくつだ、という質問にトムは「おれは96で、こいつは69さ」と答える。腹を立てるコックに「ぼく」は「おれたちは十七と十九だよ」と言ってやる。それからアリスが自分の名前を教え、トムが他の売春婦にも名前を尋ねる。自然と話しの流れがキャディラック(地名)のことになり、そこ出身のスティ―ヴ・ケッチェルの名前が出る。すると突然、髪を染めた女が、自分はその恋人だったという話しをぶちはじめる。皆がその話しに感動するが、アリスは、自分こそがそうだった、と言い、女と言い合いになる。アリスは泣きながら言い合いをしていたが、そのうち泣くのを止めて、言い合うのも止める。そして「ぼく」らのほうへ素晴らしい笑顔を向ける。「ぼく」がアリスの笑顔に見とれていることを知って、トムは「さあ、出かけよう」と言う。どこへ行くのか、と言うコックに、トムが「おまえと反対のほうさ」と言う。


感想  これも素晴らしい作品で、アリスの美しさがよく表現されている。特に、髪を染めた女との言い合いを止める降りは最高。自分は真実を語っているのだ、という者の誇りが伝わる。それがこの作品の「世の光」なのではないだろうか。アリスの笑顔を見たくなる。



iikagen kigakuruu . *kono hyoujikeisikiha [friction]no kashika-donopakuridesu
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by mewspap | 2005-07-15 00:11