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Yuji「マルコムXの映画と自伝に見る自己模索と自己確立」

目次
序論
第一章 アイデンティティと名前の変化 ―マルコムX以前―
第二章 アイデンティティと名前の変化 ―マルコムX―
第三章 アイデンティティと名前の変化 ―エル=ハジ・マリク・エル=シャバーズ―
第四章 外見とアイデンティティ
 第一節 コンクによる白人への同化
 第二節 服装に見るアイデンティティ
結論

参考文献

序論
 黒人解放運動家の中で過激派として知られるマルコムX、本名マルコム・リトル(Malcolm Little)は1925年ネブラスカ州に生まれた。彼の人生は波乱万丈そのものである。幼少期から黒人であるために差別を受け、10代の頃には多くの黒人下層大衆の若者が経験するように彼も酒、タバコ、マリファナあるいは犯罪に手を染めるようになった。その後彼は警察に逮捕され、刑務所において人生の大きな転換期を迎える。彼は囚人であった頃に知った宗教とその宗教組織の指導者の教えに自分が求める真理を見出し、自分のアイデンティティを確立する。彼が出会った宗教とはネイション・オブ・イスラム(Nation of Islam)というもので、その教義は黒人と白人との分離を説くものであった。出所したマルコムは黒人解放運動家として精力的に活動していくが、1965年ニューヨーク、マンハッタンのオーデュボン・ボールルームで凶弾に倒れた。彼が信仰していた宗教組織の教団員三人が犯人として逮捕された。しかし彼の暗殺については諸説あり、その中にはFBIやCIAも協力していたのではないかというものもあるが、真相は定かではない。
 マルコムXの自伝The Autobiography of Malcolm Xは1965年に出版された。この自伝は執筆協力者としてアレックス・ヘイリー(Alex Haley)の名が挙げられており、実際にはマルコムが話したことを基にヘイリーが書いた書物である。映画Malcolm XはThe Autobiography of Malcolm Xを基にして1992年に映画監督スパイク・リー(Spike Lee)によって製作された。
 本論文ではこの自伝と映画をベースとして、マルコムの自己の模索と確立について論じていく。彼が生きた1920から1960年代のアメリカは白人中心の社会だったので、黒人であることだけで差別の対象となった。差別を経験した黒人は白人に同化する傾向が強かったが、それにより得られるものは少なかったと言える。この白人との付き合い方におけるジレンマが黒人を自己嫌悪に陥れることもあり、黒人のアイデンティティ確立の大きな障害となった。このようなジレンマにより、マルコムの白人に対する感情も不安定なものであった。しかし彼はある一つの宗教とその指導者の教えを受け入れたことでアイデンティティを確立する。
 人は生まれてから死ぬまでに自分とは何かという問いに直面する。マルコムの人生はそのようなアイデンティティ模索の旅の象徴であると言えるのではないだろうか。彼の生涯は波乱に満ちたものであり、確固たる自分を見出すことが困難な人生であった。そして何かのきっかけでそれを意識しアイデンティティを模索し、自己確立を求めるのである。アイデンティティとは過去の自分を見つめ、自らの置かれた現状を直視し、己を理解することによって得られるものである。マルコムは刑務所内で自らの過去と、自分の置かれている現実を直視することによりアイデンティティを確立したと言える。
 本論文第一章、二章、三章ではマルコムのアイデンティティが変化するのと同様に、彼の名前も変化することに着目して論じていく。彼の名前は数回変わっており、その変化には内面の変化が象徴的に表れている。心理学では名前と自己には繋がりがあると言われており、マルコムの名前の変更は他ならず内面的変化を表していることを論じる。
 第四章では外見と内面の繋がりに着目する。人の外見と内面は一直線に繋がっているわけではないが、マルコムについては外見と内面とは密接に関係があると言える。彼の内面は服装、身なりに表れており、その関連について論じる。
 なおアイデンティティという語は自我同一性、自己の存在証明、自己、自我など様々な日本語に訳されているが、本論文においては主に自我同一性、自己を意味するものとして扱うこととする。

結論
 本論文ではマルコムXとして世に知られているマルコム・リトルの生涯におけるアイデンティティの模索と確立、またそれに伴う名前や外見の変化について論じてきた。
 マルコムは多難な人生を生きた。彼が生きたのは黒人の自己確立が難しい白人中心のアメリカ社会であり、そこには自ら犯した過ちや黒人であるがゆえに生じる葛藤があった。その葛藤とは白人に迎合するのか、それとも黒人の人間としての自由と権利を主張するのかというものである。そんな中でも彼は確固たるアイデンティティを確立した。彼のアイデンティティは名前の変化とともに変わりつつあったが、核心部分では不変だと言えるものであった。それはアフリカン・アメリカンの自由と、人間としての権利を切に願うというものである。マルコムは自らのアイデンティティを宗教とその指導者の教えの中に見出した。その教えを糧として確立した確固たる自己、すなわちアイデンティティこそが、人間誰しもが直面する自分とは何かという問いに対する答えだったのである。


(1)無藤隆,高橋恵子,田島信元編 「発達心理学入門Ⅰ 乳児・幼児・児童」(東京大学出版会,1990),p.125.
(2)Malcolm X, The Autobiography of Malcolm X (An Evergreen Black cat Book, 1965),pp.8-9.  以下本作品からの引用はこの版とし、本文中にページを( )で表記する。
(3)鑪幹八郎 「アイデンティティとライフサイクル論」(ナカニシヤ出版,2002),p.207.
(4)J.クロガ-著 榎本博明編訳 「アイデンティティの発達 青年期から成人期」(北大路書房,2005),p.105.を参考にした。
(5)丸子王児 「マルコム・Xとは誰か?」(JICC出版局,1993),p.27.
(6)ジョージ・ブレイトマン編 長田衛訳 「マルコムX・スピークス」(第三書館,1993),p.33.
(7)黒田壽郎編 「イスラーム辞典」(東京堂出版,1991),p.85.
(8)http://www.script-o-rama.com/snazzy/dircut.htmlより。
(9)黒田「イスラーム辞典」,p.86.

参考文献
ジェイムズ・H.コーン著,梶原寿訳「夢か悪夢か・キング牧師とマルコムX」(日本基督教団出版局,1996)
ジョージ・ブレイトマン編 長田衛訳「いかなる手段をとろうとも」(現代書館,1993)
ジョージ・ブレイトマン編 長田衛訳「マルコムX・スピークス」(第三書館,1993)
マルコムX著,浜本武雄訳「マルコムX自伝」(河出書房新社,1993)
大河内俊雄「アメリカの黒人底辺層」(専修大学出版局,1998)
佐藤良明監修「マルコムXワールド」(径書房,1993)
猿谷要「歴史物語 アフリカ系アメリカ人」(朝日選書,2000)
丸子王児「マルコム・Xとは誰か?」(JICC出版局,1993)
by mewspap | 2006-02-24 15:06 | 2005年度卒論


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