あー

『ショーシャンクの空に』における囚人の心理変化――希望とキリスト教の観点から――

目次
序論
第一章 絶望と希望
 第一節 アンディ
 第二節 脱獄
 第三節 レッド
第二章 キリスト教的要素
 第一節 償いと贖い
 第二節 復活
 第三節 聖書
結論
参考文献

序論
 『ショーシャンクの空に』(The Shawshank Redemption,1994)は、原作であるスティーヴン・キング(Stephen King)の『ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編―』(DIFFERENT SEASONS vol.Ⅱ,1982)に収められた、「刑務所のリタ・ヘイワース」(Rita Hayworth and Shawshank Redemption)を映画化したものである。
 主人公アンディ(Andy Dufresne)は、無実でありながら妻とその愛人を殺した容疑で終身刑を言い渡され、ショーシャンク刑務所に収容される。絶望的な状況の中、彼は常に何か目標を立て、それを実現しようとすることで前向きに生きていく。アンディの最大の目標は、独房の壁に掘った穴を貫通させることであり、毎日少しずつ掘り続けた結果、二十年後貫通させ脱獄を果たす。
 第一章では、アンディとアンディの親友レッド(Ellis Boyd “Red” Redding)に焦点を当てる。アンディが起こすさまざまな珍事を取り上げ、それらから読み取れる彼の前向きでひたむきな人間像を明らかにし、絶望的な状況の中、常に希望を捨てずにいたアンディが脱獄を成功させるまでの経緯を見ていく。レッドは、アンディが入所する何十年も前から服役している老人であるが、彼は刑務所に入ってから、刑務所の外に出て暮らしたいという希望を失っている。刑務所での生活に慣れてしまっているのである。しかし、アンディと共に過ごし、常に希望を捨てなかったために脱獄を果たすことができたアンディに感化されたレッドは、最終的に希望を見出すようになる。レッドの心の変化を論じると共に、生きるために必要なものは希望であるということを論じる。
 第二章では、この映画がキリスト教の考えに根ざしていることを、タイトルにもなっている“redemption”という単語の解釈や、映画中に多く使われる聖書の役割から論じる

結論
 アンディは、辛い獄中生活の中でも、常に希望に代わる目標を持ち続けたために、脱獄を果たし自由を手に入れた。そして希望を持てずに、仮釈放になっても刑務所の外の世界で生きて行くことに自信を持てなかったレッドは、アンディの希望を持ち続ける姿勢に影響され、希望を見出し、自ら命を絶つことを選ばずに、アンディのもとへ向かった。第一章で以上のことを通して論じてきたことは、生きるために必要なのは希望であるということである。
 第二章では、この映画がキリスト教的要素を多く含んでいることを、タイトルにもなっている“redemption”という単語の解釈と、映画中に多く出てくる聖書の使われ方から論じてきた。イエスが人々の罪を背負って命を落としたことが、人々の罪への贖いであると同様に、アンディの獄中での生活が、罪を犯した妻への贖いであるという解釈や、イエスの復活とアンディの脱獄を重ねて考えられるという解釈、出エジプト記の、エジプト軍と所長をはじめとする看守達、モーセとアンディ、ユダヤ人とレッドはそれぞれ重ねて考えられるという解釈から、この映画がキリスト教に深く根ざしていると言える。


(1)The Shawshank Redemption(1994,Castle Rock Entertainment)DVD:ワーナー・ホーム・ビデオ,2008,chapter 7. 以下、本作品からの台詞の引用はこのDVDからとし、本文中にチャプター番号を()で表記する。
(2)高橋いさを『オリジナル・パラダイス―原作小説の映画館』(論創社,2006),p.164
(3)山野上純夫『入門キリスト教の歴史』(朱鷺書房,1999),pp.83‐85.
(4)同上,p.85.
(5)同上,pp. 21‐24.

参考文献
(1)「尾崎神父の「カトリックの教え」」
《http://www1.cncm.ne.jp/~toguchi/ozaki_catholic/00.htm》
(2)高橋いさを『オリジナル・パラダイス―原作小説の映画館』(論創社,2006)
(3)山野上純夫『入門キリスト教の歴史』(朱鷺書房,1999)
[PR]
by mewspap | 2010-03-27 15:46 | 2009年度卒論


<< Michelle こーた >>